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53.
好きだ。好きで仕方がない。
あまりにも健気で、素直で、蕾から開花し、そして萎れていくように、表情がコロコロと変わり、その度に胸をざわつかせた。
特にはにかむように笑うその顔がたまらなく愛おしい。
自分よりも華奢で、けれども思わず抱きしめたくなるほど可愛くて、その温もりを、鼓動を感じていたくて、この腕の中にずっと閉じ込めていたいぐらい愛らしい存在。
好き。
だが、そのたった二文字を言葉にすることすら叶わない。
この関係が嘘で、一時であっても、本当の気持ちであるこの言葉を口にはしたくなかった。
「そうか」
振り絞るように出た代わりの言葉。
そして、言葉代わりに抱きしめた。
「俊我さん?」
戸惑う声がすぐそばで聞こえる。
そんな声さえ愛おしい。
抑えきれないこの気持ちを、背中を優しく叩いてやることでどうにか抑え込んだ。
それが、慰められていると思った"あいが"は堰を切ったように泣き出した。
まるで小さな子どものように声を上げて。
あの店にいた頃は、涙を溢れさせていたがそれまでで、今のように泣きじゃくることはなかった。
今までその苦しみさえも容易に言えなかったのだから、当たり前だ。その当たり前じゃなくなった今、信用している俊我に初めて口にした。
そうだ、自分に初めて胸の内を明かしたのだ。
嬉しいことのはずなのに、胸が苦しい。
俺はこのオメガを幸せにすることもできない。
張り裂けそうなほどの苦しみを抱えながらも、今は"あいが"が泣き止むまで優しく叩き続けるのであった。
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