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食事をし終え、風呂に入る時間となったが、"あいが"が、たくさんのお礼をしたいからと、せめて背中を流したいと恥ずかしそうに申し出てきた。 それが"あいが"なりの精一杯のお礼なのだろうが、あそこの忌まわしい習慣だと思うと心底腹立しく思えた。 その感情を表に出さないようにし、俊我はこう言った。 「マンションのこともそうだが、料理も自己満足のためにしたことだ。お前がそこまで礼をしたいと言うのであれば、美味しいと言っててくればそれでいい」 「そんなことで、俊我さんは満足してくれるのですか?」 「お前が思っているほど、そういうことは嬉しいものだ」 「······アルファであろうお方が、そのようなことが出来て当然だと思っていたので、僕のようなオメガにわざわざ言われて気に障るかと思ってました」 目を瞠った。 「······そんなこと······言われたのか······」 「え? 何か仰いました?」 「いや·········そうだな······」 考えながら、ゆっくりとこう続けた。 「オメガは特殊な体質があって、社会的に生きにくい立場ではあるが、そういった性であっても等しく同じ人間だと俺は思っている」 そして、過ごしやすくするその助けをするために、薬を開発していた。 あの薬が世に出回れば、"あいが"のような立場の人間でも、少しでも過ごしやすくなり、そして、差別は減らせただろうか。少しでも役に立てただろうか、と。 「······俊我さんは、優しい方です」 笑みを含んだ顔で、ぽつりと言う。 「僕のような立場の人間でも、等しく接してくださる。その言葉を掛けられるとは思わなかったので、本当に······嬉しいです」 心の底から嬉しいという感情が零れんばかりに笑った。 優しい、なんてこのような状況じゃなければ素直に嬉しい言葉だ。 だが、"あいが"のその顔をずっと見ていたくて、そして、触れたくなった。

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