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──が。視界に入った自身の手に気づいて、慌てて下ろした。 それにはさすがに気づいた"あいが"が「俊我さん?」ときょとんとした顔を見せた。 そんな顔さえ、可愛い。 しかし、その言葉もぐっと飲み込んで、「なんでもない」と返し、こう続けた。 「他の奴らは違った目的で一緒になると思われるが、俺はそう思ったから、オメガであろうがお前と一緒になった。ただそれだけだ」 ただ、都合のいい相手だったから。 初めて会った時の、下品な服装に、わざとらしく纏わせているフェロモンに嫌悪感を覚えていたことを無理やり思い出す。 あの頃に感じていた感情を思い出せば、一時でも思ってはいけない気持ちを打ち消してくれるはずだ。 「僕、あのような所にいて、そう思ってくださる方がいるとは本当に思いませんでした」 落ち着かなそうに指を組み換えながら言った。 「ただそれだけとは言いますが、僕にとっては、とっても大きなことです。あそこから連れ出してくださり、本当にありがとうございます」 「······ああ」 きっと満面の笑みを浮かべていることだろう。弾ませた声を聞いただけでも分かる。 まともに見られなかった。 「······いつまでも引き止めて悪かった。風呂に入ってこい」 「あ、ああ! そうでしたね。では、入ってまいります」 風呂場に向かう"あいが"の後ろ姿を見つめていた。 そして、姿が見えなくなった途端、俊我は踵を返し、ソファに深く座った。 「はぁ······」 一人となった空間に盛大なため息が広がった。 素直な性格だと分かっていたが、あまりにも純粋な気持ちを向けられると、罪悪感が募る。 少しでも長くこの生活を過ごしていたかったが、早く終わらせたくもあった。 そうでもしないと、本音が漏れそうだ。 俊我は"あいが"が上がってくるまで項垂れるのであった。

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