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67.
心の底から零れんばかりの嬉しそうな笑みを浮かべた。
瞬間、胸を鷲掴みにされた。
さほど思っていなかった名前をここまで嬉しそうにする人間がいるのか。
あまりにも純粋で、自分がこれからしようとしていることが愚かで恥ずかしくなってきた。
その穢れなき心を守っていきたいと思ってしまうほどだ。
「そういえば、俊我さんという名前、僕にとってはあまり聞き慣れない名前な気がします。どのような字を書くのですか?」
「······あ、ああ、それはだな······」
携帯端末で『俊我』と打った画面を見せると、「素敵な名前ですね」と微笑んだ。
大して好きでも嫌いでもなかった名前だが、その一言で良い意味での気持ちの方へ傾きそうになって、自分が思っているほど単純な人間だなと笑った。
「そういうお前の名前もさほどいるような名前じゃないよな。それは本名なのか?」
本当は雅から送られたデータで知っていた。だが、何故その名前でいたのかという素朴な疑問からだった。
しかし、尋ねた瞬間、眉をぎゅっと寄せ、下唇を噛んでいた。
しまった。好奇心が勝ってしまい、"あいが"の気持ちを考えずにそのような発言をしてしまった。
即座に「今のは撤回してくれ」と言ったが、「大したことではないのです」と返した。
「たしかに、"あいが"という名前は本名です。あの店にいた頃もそう名乗っていたのは、特に深い意味はないかと思います。俊我さんが名前に対して特に疑問を持たれてなかったようでしたので、そのままずっとそれで名乗ってました」
「そうなのか」
「はい」
「そういえば、あそこの店ではひらがなで書かれていたが、漢字は存在するのか?」
どう書くのかも知っていたが、辻褄を合わせるためにそう訊くと、「貸してください」と言う"あいが"に携帯端末を渡した。
"あいが"が不慣れそうにしつつも、打った画面を見せた。
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