69 / 177

69.

何がおかしいのか、笑うことを止めない愛賀だったが、それを指摘する余裕もない俊我は、小鳥のさえずりのような愛らしい笑い声を聞いていた。 「愛賀。もうさすがに寝ろ。遅くまで起きていると明日に支障をきたすぞ」 「俊我さんも明日仕事、ですか?」 「⋯⋯ああ、そうだ」 「でしたら、迷惑をかけないためにも寝なくては。⋯⋯あの、俊我さん。一つお願いしてもよろしいでしょうか?」 鼓動が脈打つ。 「なんだ」 「愛賀と呼んで欲しいのです。たった一回でもいいですので。そしたら、きっと寝れると思いますから」 俊我の携帯端末を持ったままでいた愛賀は、それを弄んでいた。 俊我に愛賀と呼ばれるのが好きだと言っていた。だから、そのようなお願いをしてくるのだろう。 「そんなことでいいのか」 「はい。今も安心して寝られなくはないのですけれども⋯⋯。贅沢なことを言ってすみません」 「贅沢なことでもない。その程度のこと聞いてやる」 「ありがとうございます」 頬を緩め、目を瞑った愛賀を見ていた。 ごく自然に愛賀と呼んでいたものが、こうも改めて呼ぶとなると妙に緊張する。 しかし、期待している愛賀を裏切ってはならないと、妙な使命感に駆られた俊我は渇いた唇を湿らせて、口を開いた。 「⋯⋯愛賀、おやすみ」 一言。たった一言口にしただけで、緊張の糸が解けたようだ。気のせいと思っていた疲れがどっとのしかかった。 少しして、控えめな寝息が聞こえてきたことにより、急激に重くなった瞼のされるがままに俊我も眠りについた。 「愛賀。⋯⋯すきだ」 寝言にも似た言葉を発したことも気づくこともなく。

ともだちにシェアしよう!