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69.
何がおかしいのか、笑うことを止めない愛賀だったが、それを指摘する余裕もない俊我は、小鳥のさえずりのような愛らしい笑い声を聞いていた。
「愛賀。もうさすがに寝ろ。遅くまで起きていると明日に支障をきたすぞ」
「俊我さんも明日仕事、ですか?」
「⋯⋯ああ、そうだ」
「でしたら、迷惑をかけないためにも寝なくては。⋯⋯あの、俊我さん。一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
鼓動が脈打つ。
「なんだ」
「愛賀と呼んで欲しいのです。たった一回でもいいですので。そしたら、きっと寝れると思いますから」
俊我の携帯端末を持ったままでいた愛賀は、それを弄んでいた。
俊我に愛賀と呼ばれるのが好きだと言っていた。だから、そのようなお願いをしてくるのだろう。
「そんなことでいいのか」
「はい。今も安心して寝られなくはないのですけれども⋯⋯。贅沢なことを言ってすみません」
「贅沢なことでもない。その程度のこと聞いてやる」
「ありがとうございます」
頬を緩め、目を瞑った愛賀を見ていた。
ごく自然に愛賀と呼んでいたものが、こうも改めて呼ぶとなると妙に緊張する。
しかし、期待している愛賀を裏切ってはならないと、妙な使命感に駆られた俊我は渇いた唇を湿らせて、口を開いた。
「⋯⋯愛賀、おやすみ」
一言。たった一言口にしただけで、緊張の糸が解けたようだ。気のせいと思っていた疲れがどっとのしかかった。
少しして、控えめな寝息が聞こえてきたことにより、急激に重くなった瞼のされるがままに俊我も眠りについた。
「愛賀。⋯⋯すきだ」
寝言にも似た言葉を発したことも気づくこともなく。
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