103 / 177
103.
「次の検診までに何かありましたら、遠慮なく来てくださいね」
その言葉を背に受けて、愛賀と共に帰路に着いた。
開かれたままのトイレのドアを横切り、テーブルの上には食べかけの食事が置いてあり、しかし、それらも目にくれず、ほぼ同時にソファに座った。
「⋯⋯」
言葉を忘れたのかというぐらい、互いに何も話さずにいた。
「あの、俊我さん。まだ分からないことがあるのですが」
しばらくとも言える時間の後、ぽつりと愛賀が言った。
「なんだ」
「僕のお腹に赤ちゃんがいるのでしょうか」
「そういうことになる」
「俊我さんとの赤ちゃんが⋯⋯」
「⋯⋯そうだ」
「まだ、実感がないですね」
膨らんでもいない腹部を触っていた。
そんな手に、ぽたと落ちるのが目に映った。
思わず顔を見ると、瞳を濡らしていた。
「オメガになってしまって、悪いことばかりでした⋯⋯。そんな僕が好きな人との子どもができるなんて、夢にも思いませんでした。今こんなにも幸せに感じるなんて、本当に俊我さんと出会えて良かったです」
潤ませ、しかし、今までに見た中で幸せそうな顔を見せてくる。
胸が刺されたかのように、ズキリと痛む。
皮肉にも既成事実というきっかけがなければ、愛賀には会えなかった。
そんなことじゃなければ、俊我も一緒になって笑えたのに。
誤魔化すために愛賀の後頭部辺りに手を回すと自身に引き寄せた。
「⋯⋯俺もそう思う」
顔を隠してしまった愛賀からすすり泣くような声が聞こえた。
今は幸せに流すこの涙も、いつしか俊我を嫌いになるぐらい悲しみの涙を流すのだろう。
何故、出会ってしまったのだろう。
ともだちにシェアしよう!

