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「桃瀬と言ったか。お前はいつここに入ってきたんだ?」 「数ヶ月前ぐらい⋯⋯だと思う。これまでも何回か挨拶程度だけど、小野河君に話したことがあるんだけど⋯⋯」 「そうだったか。忙しくて余裕がなかったかもしれない」 なにせ、ここ数ヶ月は身重の愛賀のことを少しでも忘れようと今まで以上に仕事を励んでいたものだから、周りにかまけている場合ではなかったからだ。 「私も別に小野河君に用が全くないのだけど、雅ちゃんと関係がありそうだったから、単にバイトしているだけ⋯⋯長くできなさそうだし」 「華園院と一緒にいるということは、お前も医学部ってことか。確かにバイトは難しそうだな」 俊我と同い歳という意味もあり、ということは大学四年生ということだ。これから学習の他に実習などもあり、本当はバイトさえもしている余裕がないはずだ。 店長もそのような立場の人間をよく雇ったものだと一瞬思ったが、猫の手を借りたいほど人手不足なのは身を持って感じていた。 「そうだ。これも一つ訊きたいことなのだけど」 皿を拭いていた桃瀬はこう言った。 「雅ちゃん、最近すごく苛立っているんだよね。何を訊いても私のせいで怒っているわけじゃないって言ってくるだけで、何にも教えてくれないの。小野河君とよく一緒にいた時から時々、そんな雅ちゃんを見るようになったのだけど、小野河君、知らない?」 手を動かしつつも、じっと俊我のことを見てくる。 それはお前のせいで雅を怒らせていると、桃瀬も桃瀬で俊我に苛立ちを憶えているということなのだろう。 この様子だと桃瀬は雅が裏で共犯していることを知らないようだった。しかし、どちらにせよ雅といい、敵には回したくないやつらだ。

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