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「やめてっ! 今ようやく寝たところなのに! どうしてそんなことをするの!」
愛賀にとっては、俊我の急な言動に何一つ理解ができない。できるわけがないのだ。
自分がどうして必要がないのか、どうして赤ん坊を取り上げられるのか、何一つも。
だから、取られまいと目に涙を浮かべながらも必死になって抵抗していた。
そうした最中、主に騒いでいたせいだろう揺さぶられていた赤ん坊が起き、泣き叫んだ。
「どうしてこんな酷いことを⋯⋯っ」
赤ん坊の泣き叫ぶ声でかき消されそうになっていた悲痛な声に押し潰されそうになった。
だが、その感情を押し殺し、愛賀から赤ん坊を引ったくる。
それでも取り返そうと手を伸ばす愛賀から赤ん坊を遠ざけた挙げ句、背を向けた。
「返して⋯⋯」
涙声混じりに聞こえた悲痛な小さな叫びに、踏み出しかけた足が踏みとどまった。
あの店にまだいた頃、愛賀のことを小さな傷でも傷つけたくなく、悲しい顔もさせたくないと思っていた。
それなのに、一緒にいるうちに今となってはどうでもよくなってきた目的のために、何も知らない相手を巻き込んで傷つけてしまっている。
客達の欲の捌け口にされ、痛々しい傷をつけられた愛賀を見て、嫌な思いをしたというのに。
愛賀が相手した客ら以上に酷いことをしている。
まだ引き返せるとまた勝手なことを考えてしまった。あれほど傷つける言葉を突きつけて、愛賀が慣れない手つきながらも大切そうにしている小さな命を奪ったくせに。
だから。俺がすべきことは。
嗚咽を漏らす愛賀から姿を消した。
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