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一瞬、雅がしてくれるのかと思ったが、そんな奴ではない。
考え直すのと泣き叫ぶ赤ん坊を取り上げられたのは同時だった。
急に取られ、驚いた俊我はその相手を見やった。が、我が目を疑った。
「⋯⋯上山」
小野河家に最後まで仕えてくれた使用人が、慣れた様子で赤ん坊をすぐさま眠らせた。
「お前、何故⋯⋯」
何故もない。
彼女にだって生活がある。そのためには働かなければいけない。だから、こうしてまた違う主の元で働いているだけで、それがたまたま雅の所だったというだけだ。
「俺の所が急にあんなことになってしまって、お前のことも急に雇用を打ち切ることになってしまって、その後はどうしていたのかと思っていた。⋯⋯こんな所でだが、また会えて良かった」
「⋯⋯小野河様、私には守秘義務がございます。もし仮に私と知り合いだったとしても、私からはこれ以上何も言うことがございませんので、ご了承ください」
こちらにゆっくりと一礼をした。
そうだ。彼女の仕事上、今の雇い主ではない俊我はもう赤の他人で、彼女のいう守秘義務もあり、特に雅がいる手前、小野河が雇っていた時のことは口にできないのだろう。
「そうか。⋯⋯そうだったな」
彼女の仕事柄、それが当たり前ではあるが、俊我にとってはその当たり前が辛く感じた。
「あたし、もう帰っていいかしら」
わざとらしくあくびをして雅が言った。
「⋯⋯勝手に帰ればいいだろう」
「あっそう。じゃあ、後は彼女にでも聞いて、適当にやっといて」
カツカツとヒールの音を響かせて、俊我達が乗っていた車に乗り、さっさと行ってしまった。
ようやく行ってくれたと一瞥した後、再び上山に向き直ると、エントランスの方へ向かっていくではないか。
「あ⋯⋯おい」
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