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その実行を移そうとした直後のことだった。 今月末に辞めることを告げ、しかし、急すぎる、もう少し考えてくれないかと店長に引き止められたが、その決意を緩めることなく、急なことで申し訳なかったというような内容と共に、無理やり押し切った。 店長を始め、周りには評判が良かったが、最後にそれを覆してしまった。 それは同時に紹介してくれた友人には申し訳なく感じつつ、急ぎ足で帰路に着いた。 「ただいま」 息を切らし、そう告げるが、大河の姿がなかった。 いつもならば、扉の開く音ですぐさま駆け寄ってくるというのに。 嫌な予感がする。 血相を変え、靴を乱雑に放って、リビングへ駆け出した。 「大河ッ!」 忙しなく部屋を見渡すと、ソファ側で掃除していた様子の世話係が「おかえりなさいませ」と一礼する姿を最後まで見終える前に、次に大河のおもちゃ置き場を見たが、あの小さな姿は見かけなかった。 「大河はどこに行ったんだ」 「大河様のお部屋にいらっしゃるかと」 怪訝な顔をした。 というのも、大河は俊我と一緒じゃないと寝られなく、たまに仕事が遅くなった時も、眠たい目になりながら待っている時があった。 風呂も含めての話だが、上山がいた頃は妥協してなのか風呂も寝る時も俊我が帰った時には終わっていた。 「大河は風呂も一人で入ったのか?」 「そのことですが、そろそろ自立させた方がよろしいかと思います。小野河様も忙しい身。仕事を終えてから大河様のお世話をされるのは難しいかと思いまして、一人で入らせようとしましたが、小野河様が帰ってくるまで入らないと頑なに仰いますので、一人にさせました」 淡々とまるで業務連絡を告げるような口ぶりに、聞いていくうちに怒りが込み上げてきた。 「⋯⋯それは、お前の雇い主がそうしろと指示でもしたのか」 「守秘義務ですので、私の口からは何とも言えません」 「大河が何かに対して怖がるようになった。それもお前がしたということだろう。俺と大河の関係もそうだ。何もかも大河を追い詰めるようなことを⋯⋯!」 地を震わすような吼えるような声を上げた。 きっとすごい剣幕で目の前の世話係を睨みつけているのだろう。しかし、当の本人は来た時と変わらない、微塵も表情を変えずにいた。

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