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何かの冗談かと思った。
それとも、それも餌をおびき寄せるためのものなのか。
『一人で行ってこい』と返信したが、『いいから来なさい』だの『どうせ暇でしょ』だの問答無用かつ不躾極まりないことを言ってくる。
今となっては無意味な利害関係であるが、この関係も一刻も早く断ち切りたい。
行くべきか、とため息を吐いていると、服を引っ張られる感覚があった。
見ると、大河がまだ小さな両手を懸命に引っ張り、訴えかけるようにじっとこちらを見ていたのだ。
「どうした。腹が減ったか?」
「⋯⋯」
いつの間にかそんな時間だったっけなと携帯端末を再び見た時、どたどたと忙しない足音が聞こえ、顔を上げると、上着を着る大河の姿があった。
「大河? 上着なんか着て⋯⋯もしかして、外に行きたいのか?」
「⋯⋯っ」
やっと分かってくれたというように大きく頷いていた。
「⋯⋯そうか。大河が行きたいというのならば行くか。⋯⋯けどな、悪いが、俺のしょうもない用事を終わらせてからでいいか? さっさと終わらせる」
上手くチャックを締められずにいる大河を手伝ってあげ、フードを被せてあげた上に頭を撫でると、頷いた。
それを見た後、眉を僅かに下げ、その小さな手を包み込むように握った。
「⋯⋯あと、大河。⋯⋯大河が俺のそばにいて欲しいと言ったことがあっただろう。その約束、いつまでも守れそうにない。⋯⋯だからな、そんな約束も守れない、お前の本当のパパではない俺のことを忘れてくれ」
ずっと言わなければならなかったことだったし、そもそも大河に強く当たり、嫌われるような態度をしなければならなかったと思う。けれども、そんなことをできるはずがなく、家族ごっこのようなことをずるずるとやってきた。
大河が口を利けなくなった元凶にでも任せても良かったのに、そうしなかった自分は、本当に──。
急にそんなことを言われて戸惑っているように見える大河が、ややためらいがちに頷いた。
そんな小さな子どもに対して残酷なことを言ってしまったと抱きしめた。
「⋯⋯悪い」
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