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172.
一発殴りたいという衝動にも駆られたが、深く息を吐くことで無理やり抑え込む。
雅の吐いた嘘は決して矛盾はしてなかった。そのことに対して悔しく思いながらもそれを利用することにした。
「そうだな」
誰にでも言うのではなく、そして言い聞かせるように呟いた。
「元はと言えば、雅と婚姻する条件として子どもがいなければならないというものだったしな。だから俺が見ず知らずのオメガに子どもを作らせた」
嘘だ。嘘が引っ付いてくる。
元々はこの女と利害の一致で共犯で、そんな互いが得しているような、実際はこちらが損しているような関係へと変貌した。
こんな言い方をしていると自分までもが被害者面をしているようだが、一番の被害者は血色が悪く顔がさらに悪くなり、今にも倒れそうな最愛だったオメガだ。
そんなオメガを見ていられなかった。脳裏にあの夜の悲痛な叫びが再生され、振り払うようにこう口を開いてしまった。
「愛賀、あのような所で働いている人間が愛されているとは思わない方がいい」
これでもかと冷淡に突き放すようなことを言った。
今にも泣きそうに顔を歪ませ、戻してしまうのではないかと思うほど、自身の胸辺りを鷲掴みにし、そのか弱い身体で必死になって堪えていた。
胸が酷く痛い。
今すぐにでも駆け寄って、「大丈夫だ。一人で抱え込まないでくれ」と繊細な身体を優しく、されど強く抱きしめたくなった。
が、「そうね。代理出産の仕事をしているあんたにはお似合いじゃない」という無慈悲な雅の言葉に、嫌でも現実に引き戻された。
「俊我と共通のオメガがまさか夫だと思わなかったけどね。あいつの子どももを流産させることが出来て良かったけど」
聞き捨てならないことを隣で吐いた。
「お前、そこまでしていたのか」
「個人的な感情よ。個人的な」
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