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まるで溜まっていたゴミをようやく捨てられて清々したと言うような雅に、そこまでこの女は自身の目的のために残酷なことを出来るというのか。 愛賀が身籠っていた時、お腹の子がいなければ離れることはないと一瞬でも思ってしまい、罪悪感を抱えていたというのに、この女はその葛藤さえもないのだろう。 いや、逆に躊躇することなくやってのけてしまうのがいいかもしれない。 今もこうして、本人の前で狼狽えることがなかったのだろうから。 「──お前が裏で何かをしていると薄々気づいていたが、本当にそこまでやっていたとはな」 突如として聞き慣れていない、しかし、殺気のようなものを感じられる声の方を向いた時、どういうことだと声が漏れそうになった。 偶然にも通りかかったのであろう乗ってきた車の後部座席のドアが開かれたままを背後に、やはり倒れてしまっていた愛賀を抱きかかえる者がいた。 御月堂慶。 御月堂製薬会社代表取締役であり、かつて、その内部だという者が小野河製薬会社が不正行為をしたと見せかけ、倒産寸前にまで追い詰めた憎き相手。 そんな私怨があった相手が、最も愛していたオメガをごく当たり前に触れている。 触るな。 激しく憎悪を抱いていると見るからに顔色の悪い愛賀に対し、一言二言話しているかと思えば、軽々と持ち上げたのだ。 絶句した。 自分と同じように表情の動かない男が、どこか過ちを犯してしまったと言わんばかりに眉を潜め、声を掛けていた。 目を合わせるな、話しかけるなと苛立ちが募っていた矢先にそんなことをする。 自分にはそんなささいなことで怒りを覚える資格はとうにないのに、まだ執拗に思ってしまう。 その御月堂が隣の女に殺したいほど憎たらしいと端々で伝わるような目線を向け、何かを言っていたようだが、何かを勘づいて大河がこちらの様子を伺うように見ている視線を感じたが、耳を傾けることも、声を掛ける余裕もなかった。 愛賀はオメガという第二の性になってから散々な目に遭ってきた。それは俊我に会ってからもだ。自らやりたいと思えた仕事にさえも雅も含めて暴言を吐かれる始末。そんな死にたいと思える中で、あの男が今の愛賀の心の拠り所になっているのなら、自分はただ幸せを願うだけだ。

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