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第3話

11月に入り本格的に寒くなってきた頃樵の部署ではホワイトボードに『飲み会!全員参加!』と赤い字で書かれていた。 樵にとってはより多くの時間を凛太郎と過ごせると思えばいい事だろうが、凛太郎本人はそうでも無いようだった。 軽いため息をついた凛太郎に細貝が缶コーヒーを差し出しながら言う。 「どうしたよぉ、珍しくため息なんかついちゃってさぁ。」 「飲み会は女の子達にとっては泉と仲良くなる絶好のチャンスだから、どう頑張っても集団に捕まっちゃうんだと」 「さすがの俺にも助けれないんだ」と細貝の隣で缶コーヒーをちびちび飲みながら樵は言った。 「なんで全員参加なんですかね。正直あんな目にあうより部長の朝の長話聞いてる方が楽でいいですけど…」 「「どんだけだよ!」」 凛太郎からしたら本当に憂鬱で仕方ないのだろう、朝から彼の周りはキノコが生えそうなほどジメジメしていた。 「それならいっその事部長に積極的に話に行けばいいじゃねぇか、そしたら女の子たちも諦めると思うが…」 「それはダメでした。」 細貝が思いついたように提案したがすぐに却下される。 「泉って本社の社長の息子だから、それを気にしてるみたいでさ…この前の飲み会で泉が話しかけたらひたすらに自分を昇進させろー!とか言ったみたいでな…」 理由を樵が話すとうわぁ、とあからさまに引いている細貝。 部長のずる賢さには頭を抱える3人である。 何か解決策は無いだろうかと悩んでいると細貝がハッとする。 「なあなあ!それなら俺と葛城の2人で泉のボディーガードしたらいいんじゃね!?」 樵と凛太郎は頭に「?」を浮かべていた。 それを見て細貝は詳しく説明し始めた。 「だから、泉にビッタリ俺たちがついておくんだよ。そんで、話しかけられそうになったら俺たちが頑として断る!」 「いい案だろ? 」とウィンクしてみせる細貝は何故かドヤ顔である。 樵は乗り気ではなかったが反対に凛太郎はいい反応を見せていた。 樵は以外に思って凛太郎に尋ねる。 「い、いいのか?泉…。」 「えぇ、それで比較的に平和に過ごせるのなら逆に頼みたいくらいです。ぜひお願いします。」 綺麗に整った顔で樵に向き直る凛太郎の目は珍しくもランランとしていた。 目の前に想い人の顔があり、初めてのお願いに樵は思わず返事をしてしまう。 「し、しょうがない無いなぁ。俺と細貝で泉のボディーガードするか!」 かくして樵達は今夜の飲み会に向けての給湯室秘密会議を終えるのであった。 そして夜8時、とうとう飲み会が始まる。 三人の予想通り何人もの女性社員や部長が下心満載で話しかけにくる。 樵と細貝は片時も凛太郎から離れず話しかけられれば横やりをいれて追い払っていた。 (あとすこし…) 気を抜いた時だった。 泥酔した部長が絡みに来た。 「おい泉ぃ~、俺と飲み比べしようじゃねえかぁ!俺が勝ったらぁ、わぁってるよなぁ?」 「ぶ、部長!飲みすぎですよ!泉は体調が悪いみたいですから、今日は勘弁してあげてください…。」 「んだとぉ?!葛城ぃ!!そんなに言うんだったらお前がこれイッキ飲みしろぉ!!」 そう言って樵の前にドンッ出されたのは生ビールの大ジョッキ、樵はうぅ、と少し引き気味になる。 樵は酒が弱い、今までなんとかアルハラを回避してきたがここで危機が迫ってしまった。 隣の細貝も心配そうな顔で樵を見る、しかしここで逃げたら格好悪い。 樵は恐る恐る質問を投げた。 「ぶ、部長。これを一気に飲み干したら、勘弁してくれるんですね?」 「おう、いいじゃねえかぁ。お前みたいな酒の弱い軟弱ものが飲み干せると思わねえけどなぁ!!」 口を大きく開けて下品な笑い声をあげる。 先程まで興味を示していなかった他社員たちも大勢で樵を傍観していた。 グッとジョッキを握る手は僅かに震えていたがも飲むしかない。 樵は覚悟を決めてジョッキを勢いよく煽る。 「おい葛城!おまえっ…!」 アルコールが喉を流れ、胃袋に貯まってくるのを感じる。 飲み干したあと急激に目眩に襲われ顔も熱くなる。 一気に飲んだからか酒の回りが速い。 「こ、これれぇっ…いいれひょうっ!」 ダンッとテーブルに空になったジョッキを勢いよく置き呂律が回らないまま部長を睨み付け吐き捨てる。 まさか本当に飲むと思っていなかったからか部長は呆気に取られて「お、おおう」と短い返事を返すしかなかった。 (あ、あれ…?どっちが、床…だっ…け…?) ドサッ 「葛城さん!」 床に倒れそうになったところを凛太郎は抱え込み、樵に声をかける。 樵は朦朧とした意識で話し出す。 「いずみ、んぅ…えへへ…いいにおい…。」 そう言い残すと樵は凛太郎の腕の中ですうすうと寝息をたててしまった。 凛太郎は少し怒ったような顔で部長にギロリと睨みを効かせて普段の低い声よりさらに低く言い放った。 「私と葛城さんはここで失礼します。細貝さん、今日はありがとうございました。後日お礼をさせてください。では、また来週。」 「お、おう。葛城の住所、送っとくからよろしく頼む。」 凛太郎は樵を軽々とお姫様抱っこをして居酒屋を後にした。

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