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第6話

正午、樵は午前の仕事を片付けていると凛太郎が席を立った。 「葛城さん。昼、いきましょう。」 「あ、あぁ!もうそんな時間なのか、行くか。」 二人は部署を出て、エレベーターを待ちながら話し始める。 「今日はなに食べるかなぁ。泉は何がいい?」 「俺は、葛城さんとならなんでも。」 凛太郎のその言葉に樵はドキッとする。 今までだったら何気ない会話だった筈なのに、飲み会の後の事を思い出してしまった樵は顔が熱くなっていくのを感じる。 みるみると赤くなっていく樵を見て、凛太郎はグッと顔を近づけて質問を投げ掛ける。 「葛城さん、顔赤いですけど…熱でもありますか?」 「い、いやっ何でもないっ!」 「そうですか?おれはてっきり…あの日の事を思い出してるのかと思いましたが、違いました?」 「…!」 耳元から凛太郎の声が直接響く。 樵は思わずうつ向いてしまう。 いつの間に着いていたのかエレベーターのドアが開く。 誰もいないエレベーターに、樵は凛太郎に押し込められるように乗り込む。 扉が閉まると凛太郎は樵により一層密着する。 耳に吐息がかかる程に近くなる。 「葛城さん、可愛いですね。俺と二人きりってこと意識した瞬間に顔赤くしたり、目線外したり…。」 「んんっ…やっぁ…。」 「俺も、あの日の事思い出して、今すぐここで貴方を滅茶苦茶にしたいんですけど、流石にできないので安心してください。」 そう言ってパッと凛太郎は離れた。 ポーン、とエレベーターの扉が開くと、凛太郎は何事もなかったかのように振る舞っていたが、逆に樵は食事中もソワソワとしていて食事どころではなかった。 終業時間になり、他の社員がぞろぞろと帰るなか、珍しく凛太郎がさっさと帰らないのを見て女性社員はラッキーとでも思ったのだろう。 こぞって凛太郎に食事の誘いを挑んでいたが、凛太郎はヒラリヒラリと言葉巧みに交わしていた。 しかし、もう何人を相手にしたのか分からなくなって疲れ果てて来た頃、細貝が彼らの間に割って入る。 「ねーえ、泉くん!今夜だけでも一緒にご飯行こうよ~。すっごく美味しいラクレットチーズのお店知ってるんだよ?」 「俺はそう言うのに興味はありませんので結構です。」 「そんなこと言わずにさぁ、んね?一緒に行こ?」 「あのですね…。」 「はいはい!泉は今日俺たちとご飯の予約してるんですー!残念だったな!」 「えー!いいなぁ細貝さん!どこ行くんですか?私たちも一緒に連れてって下さいよ~。」 「ダーメ!今日は男三人だけの秘密のご飯なんですー!ささ、もう帰った帰った!」 半ば無理矢理帰らせると一気に疲れが来たのか二人で大きなため息をついた。 後ろから樵が話しかける。 「ごめん、遅れた。ふ、二人とも大丈夫か?」 「あぁ、大丈夫だ。にしても泉は相変わらずモテるなぁ。」 「迷惑なだけですけどね。」 「ま、まぁそんなこと言うなよ。さ、行くぞ。」 「あぁ、下にタクシーを呼ぶので少し待っていてください。」 タクシーが到着するまで、三人は休憩所でコーヒーを飲んで時間を潰した。 「ご乗車、ありがとうございました。」 タクシーから降りると、目の前には有名なホテルが背を高くして佇んでいた。 そのホテルの中に高級レストラン「Blue Luck」があり、多くの起業家や芸能人が利用している。 一人の従業員が凛太郎に話しかける。 「お待ちしておりました、泉さま。席をご用意しましたので、こちらへ。お荷物はこちらで預からせていただきます。」 「ありがとうございます。葛城さん、細貝さん。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。」 「い、やそういわれても…。」 「そうだぞ泉、俺ら人生でこんな高級なところ一回行けるか行けないかだぞ…。」 まるで借りてきた猫のように二人は身体を強ばらせていた。 案内された席は窓側で夜景を楽しむことの出来る場所だった。 運ばれたコース料理はどれも美術品のように飾られており、味も有名シェフが手掛けたものだ不味いわけがない。 三人は食事を楽しんだ。 「いやぁ、入社するときにマナー講座受けといてよかったな。なぁ、葛城。」 「あぁ、そうだな。泉に感謝だな、ありがとう。」 「ありがとうな、泉。」 「いえ、この前のお礼なので感謝すべきなのは俺の方です。ありがとうございました。」 「それにしても」と細貝は難しい顔をしはじめた。 「今日みたいに泉が今後足止めされた時、俺たちが毎回いる訳じゃないからなぁ。何かいいアイデアでもあればなぁ。」 「そうですね、俺も毎回ああされると困ります。」 「そういえば、お前付き合ってる奴いないの?そういうの全く聞かないけど。」 「いないですね、でも気になってる人はいますよ。」 そう言って少し含んだ笑いをしてチラリと樵をみる。 その視線にドキッとした樵は慌てて話をする。 「ゆ、指輪はどうだ!指輪!左手の薬指になんでもいいから付けといたら効果あるんじゃないか?」 「おぉ!それいいなぁ!相手がいると分かると少しは軽減されるかもしれないな!」 「なるほど、それは名案ですね。では、早速今から買いに行きますか。」 そう言って泉は席を立つ。 「え、今からか?」 「はい、善は急げです。」 「あ~、すまんっ。俺は行けないわ。飯食べてくると伝えたとは言えど、家に嫁さんと子供が待ってるから。二人で行ってきてくれ。」 そして細貝は帰り、樵と凛太郎はジュエリーショップへと向かった。

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