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第8話
次の日、樵はまた何時ものように電車を待っているが、すこし変わったことがあった。
今日はやけに人が多く、普段なら座れる席もどこも埋まって立っている人も少なからずいた。
仕方ないと思い、何時も凛太郎が乗り込んでくる扉の付近で立っている。
すると、一人の中年男性がすぐ後ろに立った。
何時もより多少混んでいるとはいえまだ空間は広く空いており樵はなんだか妙な人だな、とすこし離れる。
次の停車駅に着くと更に人が多くなり混み始める。
先程、樵が避けていた男性がまた真後ろにピットリとついていた。
(またさっきのおじさんか…でも、別に痴漢されてるわけじゃないし…、…っ!)
尻にするりと何かが滑った感覚がする。
それは後ろの男性の手だった。
(い、今尻に、手が…!いや、ただ当たっただけで…)
男性の手は右へ左へ何度も樵の尻を掠め、やがてゆっくりと押し付けるように撫ではじめる。
そこで、樵は自分が痴漢にあっていることを確信した。
しまし、男の自分が痴漢されていると言い出せずにいた。
ただその恐怖に耐えるしかないと俯き、じっと耐えていた。
男性の手は樵の尻の谷間をなぞる様に撫でると段々と内腿にまで手を伸ばし出す。
「はぁ、はぁ、はぁ…。」
「…っ!」
項に興奮した男性の息が当たる。
触られている気持ち悪さと言い出せない恐怖で涙が滲む。
なんとか意識だけでも違うところへ移そうと車窓の方へと目線を送ると、反射した自分の後ろにいた男性と目が合う。
ニタニタと笑うその男性は、目が合ったことに気づくと耳元で囁き出した。
「男なのに、おじさんに、触られて、興奮したのっ…?」
「や、やめてくださいっ…!」
「急に、抵抗、しはじめちゃって、本当、は、気持ちいいん、でしょ?」
あまりの気持ち悪さにまた顔を伏せる。
すると、目の前の扉が開き凛太郎が乗り込んでくる。
凛太郎は樵を見るなり挨拶をしようと口を開きかけると、切羽詰まった樵に話しかける。
「葛城さんっ。」
「泉っ、あ、あの…。」
樵は言い出せずに俯く。
その反応に察したのか乗り込まずに樵の手を握り引き寄せる。
そのまま抱き寄せて、凛太郎は樵を多目的トイレまで連れていった。
二人っきりになっても尚、樵はブルブルと震えが止まらずひたすら凛太郎の胸に顔を埋めていた。
「葛城さん、もう、誰もいません。」
「泉、俺…俺っ…。」
「大丈夫です、ゆっくり、深呼吸してください。吸って…」
凛太郎の言われた通りにゆっくりと深呼吸をする。
少しづつ緊張も和らぎ、ようやく冷静になれた樵は顔をあげる。
「泉がきてくれて、俺、凄いホッとした…。ありがとう、いず、み…。」
顔を上げ凛太郎にお礼を言おうと少し笑う樵に対し、凛太郎はひどく歪んだ顔で樵を見つめていた。
その気迫にグッと声が小さくなる。
「どうして、そんな顔できるんですか。痴漢されたんでしょ?」
「そうだけど…、も、もう今はだいじょ…」
「大丈夫なわけないでしょう?まだこんなに震えるくらい、葛城さんは怖かったんでしょう?」
抱き寄せられ、凛太郎の髪の毛が樵の頬を掠める。
力強く抱き締められて少し苦しくも感じる。
樵の心臓がドクドクと早くなる。
(やめてくれ、そんなことをされたら…勘違いしてしまうじゃないか。)
その後次の電車に乗るべく二人で向かうとき、歩くときの二人の距離が少しだけ近くなった気がした。
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