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第9話

電車で樵が痴漢に遭ってから、凛太郎は変わった。 移動するときは常に樵の背後に細心の注意を払い、出勤だけでなく、帰宅の際も共に移動するようになった。 あまりにもそれを不自然に思った樵は、昼食のハンバーガーを食べながら凛太郎に訴えた。 「あのな泉…、何もそこまでしなくてもいいんだぞ。」 「なにがです?」 「いや、確かにあの時は助かったけども、泉にここまでされるのは…なんと言うか…。」 「もしかして、迷惑でしたか?」 「いや!そんなことはない!」 「では、何故そのようなことを。」 まっすぐに質問する凛太郎に対し、樵は申し訳なさそうに答えた。 「いや、泉だって帰りに寄りたい所とかあったとしたら、俺と一緒だと行けなくなったりしてないかなって…。」 そう言う樵に対し、凛太郎はハンバーガーをかじりながらすこし考えたあとにこう言った。 「それなら今夜、寄りたい所がるのですが…。」 「え…?」 退勤してついたのは映画館だった。 樵は訳が分からず凛太郎に問いかける。 「あの、これは…?」 「最近話題になっていたアニメ映画です。元がゲームなのですが、俺そのゲームが好きで…。」 「駄目でしたか?」と聞く凛太郎に対し焦って首を振る樵は内心これは所謂デートなのでは?と考えていた。 (いや、しかし俺たちは男同士だ…。俺が泉のことが好きでも、泉は…。) そんなことを悶々と考えている樵に、いつの間に買ってきたのか凛太郎がチケットを持ってきた。 樵が財布を取り出そうとすると、凛太郎は首を振る。 それでもどうしてもなにか奢らせて欲しいと懇願した樵に、凛太郎はスナックコーナーの看板を指差す。 「ポップコーン、期間限定でいちごミルクがあるみたいです。」 「好きなのか?」 コクリと頷く凛太郎に樵はクスリと笑った。 「泉、甘い物好きなの?ちょっと、かわいいな。」 「…。」 座席は端の方で、樵を一番端にして二人は座った。 その映画は男性同士の恋愛映画で、映画のクライマックス、二人が深いキスをする。 そのシーンを見て、樵は凛太郎の家でしたことを思い出す。 チラリと隣をみると、凛太郎も丁度樵のことを見ており、パチッと目があってしまった。 思わず下を向くと、凛太郎が顔を近づけて話しかけてきた。 「どうしました?」 「い、いや…なんでも。」 その後、映画の内容が入ってこないまま終わってしまった。 駅のホームで帰りの電車を待っている途中、凛太郎が樵に話しかける。 「今日は、ありがとうございました。」 「あ、あぁ…大丈夫。いつも一緒に出勤してくれるお礼だよ。」 「…。」 目を合わせず樵に対し、凛太郎は何も言わずそのまま二人はそれぞれの家に帰っていった。 玄関のドアを開き、電気をつける。 「はぁ、ただいま。」 帰ってくる声はない。 樵はスーツを脱がないままベッドへ倒れ込み、またため息をつく。 「いっそのこと、俺が女なら…こんなに悩むことなんてないのに…。」 そんなことを呟きながら、シャワーを浴びて眠りについた。

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