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第10話

次の日、何時ものように電車に揺られ凛太郎が乗り込むと樵は違和感を覚えた。 左手の薬指にリングがはめられていた。 しかし、それは樵がみたリングとは別のもので、樵はドキリとした。 もしかしたら、本当に婚約者でも出来たんだろうか。 だとすれば、そんなことを自分に話していなかった事が何故か樵の心に重くのしかかる。 (先輩だからって、言うわけないか…。信頼とか、そんな無いもんな…。) 「おはようございます。」 「ん、おはよ。」 樵は出来るだけいつも通りに過ごそうと心に誓い、何時ものように電車で過ごした。 (今日で、最後か…。) その時の凛太郎から薫る香水は何時もより悲しい香りに感じた樵だった。 会社に着くと、細貝が話しかける。 「よ、二人ともおはようさん。…お、泉その指輪どうしたぁ?」 「おはようございます。お恥ずかしながら、恋人が出来まして。婚約も考えているんですが、まだ先の話ですね。」 「え?嘘ぉ!泉くんいつの間にぃ!」 わざとらしく指輪の話題に触れる細貝に凛太郎も便乗し、それにまんまと女性社員は引っ掛かる。 樵は人混みになる凛太郎の近くを離れ、自分のデスクに座る。 細貝が近づき小声で話しかけた。 「上手くいったな!これで万事解決でよかったよかった!」 「うん、そうだな。」 どことなく元気のない樵に細貝が疑問を投げ掛けた。 「どうした?」 「どうもしないって…。」 力無く答える樵の肩に手をぽんっと置いて話しかける。 「…今日、久しぶりに飲むか。」 その言葉に、キーボードを打つ手がピタリと止まり、ただ静かにコクリと頷く樵だった。 その二人を女子に囲まれながら凛太郎は見つめていた。 昼時、凛太郎が何時ものように樵に話しかける。 「葛城さ…」 「あぁ、ごめんっ!今日大事な会議が午後からあるから、一人で食べてくれ!」 そう言って樵はそそくさと凛太郎から離れる。 凛太郎は、仕方なく一人で食事をとることにした。 退勤時間になり、また何時ものように樵に話しかける。 「葛城さん、そろそろ…」 「ごめん!今日細貝と大事な話しするついでにごはん食べるから先帰ってくれ!」 そう言ってまた樵はそそくさと離れてしまった。 そんな樵に対し、凛太郎は拳をギュッと握ってそこに立ち尽くしていた。 「はぁ。」 「飲んで早々ため息かよ、なにかあったんだろ?」 そう言ってお通しの枝豆をつまむ細貝は苦笑いしながら樵に話しかける。 樵は潰れるように烏龍茶の中の氷を傾ける。 「だって、あれだけ長く一緒にいたのに、もういなくて良いようになったんだぞ。」 「あぁ、もしかして泉のこと好きだったのか。だとしたら、余計に女子に囲まれなくなったからより一層絡みやすいだろう。」 「なんでだよ、泉は男の事好きじゃないんだから良い結果にはなったんだ。それに、本当に彼女も出来たみたいだしな。」 「はぁ?」 樵のまさかの一言に対し、細貝は思わず咥えていたつま楊枝を落としそうになる。 樵は細貝が解散した後、指輪を選んだが今日付けていた指輪は違うものだったと話した。 その話に細貝はあちゃあと頭をかく。 「それは、また…。辛いなぁ。」 「今回の失恋は人生で一番しんどい…。」 「まぁ、大分長いこと一緒にいたからなぁ。その分思いも募ってたんだろうなぁ。でも、別に通勤は一緒でも問題はないだろう?」 「俺の心が持たない…。」 「あぁ~…それはしゃあねぇなぁ。」 ポンポンと肩を叩く細貝に葛城はまた大きいため息をついた。 明日からは、もう別々で行動しなければならないと思うと恋しくなってくる樵はやけになって生ビールを頼んだ。 「おい、止めとけって。飲み会の時ぶっ倒れたのにどうやって帰るんだよ。」 「…別に一気飲みしなきゃ良いんだよ。」 そう言ってちびちびと生ビールを飲みながら樵は酔っていった。 数十分後 「ほら、言わんこっちゃない…。」 「なんらよぉ、おえはよっれらいろ…。」 「酔ってんだよバカタレ。」 「あてっ。」 軽いチョップをしながら、眠りそうな樵をどう帰そうか悩んでいると、凛太郎から電話があった。 何事なのかと出てみると淡々とした声で凛太郎が話し出した。 「あいおっつー、細貝です。どうした泉。」 『お疲れさまです。今、すこし良いですか?』 「おん、どうした?」 『葛城さんについてなんですけど、今日朝から避けられてる気がして…。』 「あ~そうなんだ、あれ?そう言えば彼女は?出来たって葛城から聞いたけど…。」 『いえ、出来てないですけど…それがなにか関係しているのでしょうか?』 「あ~、とりあえずこっち来て葛城預かってくんね?」 『はぁ。』 電話が終わり、十分ほどで凛太郎が顔を見せる。 まだ帰っていなかったのかスーツのままだった。 「おっす、まだ帰ってなかったのか。」 「はい、近くの珈琲店で少し…で、葛城さんはまた酔ってるんですね…。」 「そうなのよ~、俺もう帰らなきゃだからさ、一緒に帰ってやってくんね?」 「…なるほど、わかりました。」 会計後、凛太郎は軽々と樵を抱える。 向かったのは樵の家だった。 その後、眠っている樵を起こさないように寝かせ凛太郎は家を出ていってしまった。

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