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好きなものは素直に

昼休みの音楽室、こんな田舎の学校には吹奏楽部なんてものも無いので、誰も寄り付かない。 クラスでは馴染めない、馴染む気もない僕が、心置きなく昼食を食べ休むことが出来る唯一の場所だ。 今日も誰も来ない音楽室で弁当を食べ終わった僕は頬杖をついたまま窓の外を眺める。 外は憂鬱になるほどの雨で、窓ガラスを幾つもの大粒の水滴が滑り落ちていく。 だんだんと迫り来る眠気にうつらうつらしていると、ピアノの音が聞こえた。 話し声は聞こえなかったのできっと一人だろう。そのまま気にせずに目を瞑っていると、ゆったりとした曲が流れてくる。 それは聞いたことがある、たしか「月の光」…ドビュッシーの曲だったか。 ふと、目をやるとそこには背丈も高くガタイの良い男子生徒がいた。 ゴツゴツとした指で奏でられるその曲はとても繊細で、僕は耳も目も彼から離れないでいた。 引き終わると、僕の目線に気付いたのか急におどおどし始めた。 「す、すみません、気付かずに…。う、うるさかったですよね。」 「いや、凄い聴き心地良かった。ピアノ習ってんの?」 「母親がピアノ得意で、小さい頃から良く教わってたんですけど、ピアノ弾いてる男とか居ないじゃないですか。友達にからかわれてからやんなくなって…」 「ははは」とどこか苦しそうに笑う彼を見ていられなくなった。 なにより、彼を笑う奴らが腹立たしい。 「どこが可笑しいの?」 「え…。」 「どこが可笑しいのさ、君のピアノはとても繊細で聞き心地が良いのに、他人に否定されただけでやめないでよ。好きなら好きで良い、まだ誰にも言えないなら、これから毎日ここに来たら良い。僕はここにいつでも居るから、弾きたくなったら僕に聴かせに来てよ。」 それから彼は、僕の居る音楽室に通ってはピアノを弾いている。 心から楽しそうに弾いている彼の横顔を見るのが僕の日課になった。

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