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痛む頭と腰を宥めながら起き上がる。風呂から上がってベッドに寝かされたところまでは記憶があった。
「……北口さん?」
もう帰ったようだった。どこにも北口の姿はない。ごみ箱に捨てられているゴムだけが昨夜の証しだった。
腹減ったな、と俺はもそもそと服を着る。もう今日は午後の講義だけ受けよう。サークルには当分顔を出せない。
結局、軽音楽サークルの部室を覗いたのは一ヶ月後のことだった。久しぶり、と部長に声をかけられ、俺は頭を下げる。
「すみません、中々顔出せなくて」
「謝らなくていいよ。幽霊部員になられるより全然いい」
「よお」
背後から声がした。振り向かなくても分かる。これは北口の声だ。
「北口も久しぶりだな」
「そうか?」
部長と話しているこの隙に、と逃げ出そうとするが北口に捕まえられる。
「芦屋、元気だったか?」
「……まあ」
「あれ?二人ともそんな仲良かったっけ」
部長が不思議そうな顔でこちらを見る。肩に回された手を振り払って俺は否定する。
「いえ、気のせいです」
「なんだよつれねえな」
ふーん、と部長は呟いた。
「まあいいや、あとで事務連絡があるから。それだけ聞いてって」
軽音楽サークルの活動はゆるいものだった。部室はいつでも空いているが、練習をするわけではない。メンバーは約30人。そのほとんどが幽霊部員だった。
「芦屋くん、ちょっといい?」
次回までに全員部費を払うように、という連絡のあと、部長に手招きされた。
「あのさ、北口と付き合ってんの?」
咄嗟に辺りを窺う。北口は既に部室を出ていったみたいだった。
「……何でですか?」
「いや、なんかそうなのかなって」
「付き合ってませんよ」
「本当に?」
部長はなぜか前のめりで聞いてくる。頷くと、そっかあと呟いた。その表情にどこか安堵の色が滲んでいることに戸惑う。
「あの、どうしたんですか」
「いや、北口ってどうも手が早いから。お前も手を出されてたらどうしようかと思っただけ。安心したよ」
はあ、と曖昧に頷く。
「でも気を付けろよ?あいつ異常に上手いらしいから」
じゃあな、と手を振られて会釈を返す。すっきりしない気分で部室を出ると、「芦屋」と名前を呼ばれた。外で待っていてくれたらしい。
距離を詰められて思わず身構えると、北口は呆れたように言った。
「こんな昼間っからなんもしねえって。しかも大学で」
「夜ならするんですか?」
「そうだな」
いけしゃあしゃあと言う北口が少し憎らしい。
「あのさ、またお前んち行ってもいい?」
「……じゃあ一緒に帰りますか」
おう、と北口は嬉しそうな表情になった。手のひらで弄ばれているような気分だった。
北口が腹が減ったと言うので、俺たちはその辺の居酒屋に入ることにした。腹が減っているというわりに、北口はビールばかり口に運ぶ。
「お前よく食べるな」
「若いんで」
「そんな年変わんねえだろうが」
頭をぐしゃぐしゃにされる。やめろと言っても聞きゃしないので放っておくことにした。
「お前さあ、綺麗に食べるのな」
何を言い出すのか、と俺は北口を見る。
「やるときもよがってるけど上品だもんな」
「……それ関係ありますか?」
「よく言うじゃん。食事とセックスは一緒だって」
それを聞いて急に恥ずかしくなる。すると、北口はこちらに身を寄せた。
「ものすごい勢いで食らいつくのも一緒だ」
低い声で囁かれて、俺は北口の腕を殴った。
「いて、いてえってば。殴んなよ」
「北口さんが変なこと言うからでしょう?」
「わかったわかった、もう言わねえから」
いってえ、と北口は腕を擦った。自業自得だ。
「……もう行きましょう」と俺は立ち上がる。これ以上北口の前でものを食べる気にはなれなかった。
缶ビールを買うから、と北口はコンビニに入っていった。本当に酒が好きだな、と思いながら前で待つ。少しして、北口が袋を下げて出てきた。
「また飲ませてやるよ」
からかう北口を無言で叩く。
「そんな照れんなって」
「怒ってるんです」
ツンデレだな、と北口は適当なことを言っている。まともに相手するのも面倒になって、俺は歩き出した。
アパートはもうすぐそこだった。知らず知らずのうちに早足になる。北口と並んで歩いているだけで、身体が疼いて仕方なかった。
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