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第2話

 クラウスがそのことを少々寂しく思い、以前のような親密さを取り戻したいと思っていたのは事実だが、こういう親密さを求めていたわけではもちろんなかった。  王として即位し、アンドレアを右腕として、自ら騎士団を率いて国を守るために戦う。  それこそが、クラウスが思い描いていた未来だったのに。 (だが、俺はこの試練に耐えねばならない)  一年ほど前に父王が崩御してから、ヴァナルガンドの王位は空位となっている。  王になれるのはアルファだけなのに、今王族にアルファが一人もいないせいだ。  否、アルファどころか王族自体、今はもうクラウスのほかには高齢のベータの王族が一人いるだけだ。  ここ五十年ほど、どうしてか王族にあまり子供が生まれず、クラウスの母なども含め、疫病が流行った際に夭逝する者も多かったことから、いつの間にかそういうことになってしまったのだ。  だからオメガのクラウスがアルファの世継ぎを産まなければ、そこで王朝が途絶えてしまうことになる。そのような事態だけは、なんとしても避けねばならない。  クラウスにも、それはよくわかっているのだが……。 「……あ……、やっ……」  脚を大きく開かされたから、思わず逆らって膝を閉じ、両手で局部を覆い隠した。  静かに首を横に振って、アンドレアが言う。 「あなたの美しい場所を隠さないで、クラウス様」 「っ、でもっ、恥ず、かしいっ」 「恥ずかしいことなど何もありません。どうか私にすべてをさらけ出してください」  黒い瞳で真っ直ぐに見つめられ、至って真面目な顔で言われて、羞恥で頭が熱くなる。  アンドレアがこの状況に少しも動じないことが、逆にクラウスをいたたまれない気持ちにさせているのだが、どうやら彼はそれに気づいていない様子だ。  でも恥ずかしがっているのがこちらだけだということは、アンドレアにとっては、これも日々のつとめの一つなのだということだ。  クラウスは今はオメガだとはいえ、十七まではアルファとして成長してきた。体格も並のオメガよりはしっかりしている。少なくとも、ごく一般的なアルファにとって、欲情を喚起する姿であるとはとてもいえないはずだ。  それでもアンドレアは、毎晩ここを訪れ、丁寧に優しくクラウスを抱いてくれている。きっと身が奮い立つよう、懸命に努力してくれているのに違いない。 (……俺のほうがためらっていて、どうする……!)  アルファの子を産める成熟したオメガになれるよう、せいぜい行為に励まなければ。  クラウスは自分に言い聞かせるように思い、アンドレアに身を委ねるべくゆっくりと脚を開いた。         ◆ ◆ ◆  大エウロパ大陸北東部、二つの大きな山脈に挟まれた盆地に位置する、ヴァナルガンド王国。  さほど国土は広くなく、冬は厳寒に閉ざされるが、春夏は比較的温暖な気候に恵まれ、山脈からは豊かな水が流れてくる。麓の盆地には酪農にも農耕にも適した肥沃な大地が広がっており、民の暮らし向きは悪くない。  建国以来、何度か他国の侵略を受け、辺境にはいまだ火種がくすぶっているような地域もあるが、ここ二十年ほどは政情も安定している。  大エウロパ大陸の中央を流れる大河、大エウロパ川の東側の平野に存在するいくつかの小国と「東岸同盟」という同盟を結んでおり、クラウスの父である先王が自ら組織した強力な光魔術師団と、その支援を受けて戦う勇敢な王国騎士団とが、同盟加盟国を侵略の脅威から守っているからだ。  だが王不在であることはまぎれもない非常事態で、それは東岸の国々には広く知れ渡っている。それゆえに、クラウスのもとにはアルファの貴族や王族との縁談が、近隣国ばかりでなく遠方の国々からも折々に舞い込んできていた。  クラウスがアンドレアを「夜伽役」に指名し、初めて彼に抱かれた日も、昼間に異国からの使者の訪問を受けていた。 「……っ……? ではあなた様が、クラウス殿下ご自身でいらっしゃるのでっ…?」  使者の当惑しきった声に、王宮の謁見の間に緊張が走る。  脇に控えている宰相や重臣たちが黙って目くばせし合うのを横目で見ながら、クラウスは落ち着いて玉座から答えた。 「いかにも。俺が先王の第二王子のクラウスだ。オメガの、な」  クラウスの言葉に使者が目を丸くする。  今まで何度もそういう反応を見てきたので、気持ちはよくわかるのだが、やはり少々心が疲れる。  この縁談も、また破談になってしまうのだろうか。  父王の死後、クラウス以外の王族が高齢のベータ一人しかいなくなったため、クラウスはオメガながら、王が行うべき公務全般を代行している。  よってこのように、縁談を持ってきた使者と自ら会い、婚姻の申し入れを受けるか否かの判断をしなければならない立場でもあるのだが、正直に言えば、そろそろ誰かに代わってもらいたい気持ちが強い。  今回は、南東にある海洋国家のアルファの第七王子をクラウスの婿候補にどうか、という話が持ち込まれたのだったが、この後の流れはだいたい予想できる。  成人しているオメガなのに、クラウスにはいまだに発情期が来ていないこと。  そして何より、そのオメガらしからぬ容姿を目にした使者は、ほぼ同じことを言う。 「……申し訳ありません、殿下! このように謁見を賜っておきながら誠に恐縮ではございますが、今回の件、一旦保留とさせていただけませんでしょうかっ?」 「ほう? 何かまずいことでも?」 「い、いえ、そのようなっ! ただ、殿下のお言葉を一度国に持ち帰る必要を感じたのです!」 「そうか。もちろんかまわない。そちらの都合もいろいろとあるだろうしな。では国境まで騎士団に送らせよう。旅の安全を祈っている」  内心またかと思いつつも丁寧に応じ、逃げるように去っていく使者を送り出すと、控えていた重臣たちが、一斉にはあ、と盛大なため息をついた。  祖父王の代から王国に仕えるアルファの宰相、アスマンが、嘆くように言う。 「これはまた、破談ですかな?」 「だろうな。ふふ、あの使者の顔を見たか? 目玉が飛び出しそうだったぞ?」 「笑い事ではございませんぞ、殿下!」  いさめるように、アスマンが言う。 「先月からすでに三件のご縁談が破談になっているのです。このままではよからぬ噂が広がり、ますます縁遠くなってしまいます!」 「そうはいっても、気乗りのしない相手と無理やり番うわけにもいかないだろう? 昔から、アルファとオメガは運命によって結ばれる、と言うではないか?」  軽く言うと、アスマンが小さく天を仰いだ。  アスマンの進言もその反応も、理解できなくはない。貴族はもちろん王族も、ほとんどの婚姻は政略結婚であり、「運命の番」などという言葉を信じている者は少ない。クラウスにしても、話の流れで言ってみただけだった。  アルファとベータ、そしてオメガ。  それは男女の性とは別の第二の性で、バース性と呼ばれている。  その起源は定かではないが、少なくともこの大エウロパ大陸では、人は誰でも三つのバース性のうちの一つの特性を持って生まれてくる。  高い知性と大きくてタフな身体を持ち、王や部族の長として、あるいは魔術師団や騎士団の長として、民を治めたり軍勢を率いたりといった、人々の上に立つ立場になることの多いアルファ。

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