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第4話

「ええ、どうにか回復いたしました。長らくご心配をおかけしました」  ロイドは光魔術師で、飾らぬ人柄と優しい気質から、皆に好かれている。  彼の母国のベルランドは、昔から高名な光魔術師を多く輩出しており、今は大魔術師として有名なロイドの長兄が王座に就いている。ロイド自身の魔力も高く、遠見の術を使ってヴァナルガンド王宮に居ながらにして辺境の様子を透視したりすることもできる。  魔術師としての能力は間違いなく王国随一なのだが、元々あまり体が強くないたちで、半月ほど前に体調を崩してからは、ずっと表に出てこなかった。  アルファからオメガになったクラウスにとっては、よき相談相手でもあるので、元気になってくれてとても嬉しい。  マヌエルの死後、自分は未亡人だからと気を使って、王たちの祈りの間に入ることがなくなったロイドだが、クラウスは一応訊いた。 「せっかくだから、一緒に祈りの間へ行くか?」 「いえ、私はいつものように、こちらでお祈りさせてもらいます。それより、あなたにお知らせが」  ロイドが笑みを見せて言う。 「まもなく、遠征に出ていた王国騎士団が帰還しますよ」 「えっ……、でも、確か明後日の予定では?」 「東の国境近くは例年より雨が少なく、迂回路を使わずにすんだようです。じきに帰ってくるでしょう。百人隊長殿は、また武勲を立てたようですね?」  ロイドの言葉に、クラウスも思わず笑みをこぼす。  王国騎士団は、国境に近い場所にある山を根城にしている山賊を討伐するため、三か月ほど前から遠征に出ていた。百人隊長であるアンドレアの活躍は、すでに書状で知らされていたが、帰ってくるなら皆とともに大いに労ってやらねば。 「そういうことなら、急ぎ宴の支度をさせなくては。あなたも来られるかな?」 「まだ本調子ではないので、宴席は遠慮しておきます。皆に労いの言葉をお伝えくださいませ」 「わかった。教えてくれてありがとう、ロイド。もう少し調子がよくなったら、またゆっくり話そう。あまり無理はしないようにな?」 「はい。ありがとうございます、クラウス様」  ロイドが穏やかに微笑んで言う。  祈りを始めたロイドを残して、クラウスは急ぎ王宮へと戻っていった。  ロイドから知らせを受けてからほどなくして、王国騎士団の先触れが王宮に到着し、続いて本隊が帰還してきた。知らせを聞いた民たちが城下で出迎え、クラウスも王宮のバルコニーに出て、騎士団を出迎えた。  そのまま騎士団長に副団長、遠征に同行していた戦闘支援に長けた魔術師たちを広間に呼び、成果を報告させたのだが、肝心のアンドレアの姿が見えない。  騎士団長に訊いたところ、愛用の剣が大きく刃こぼれしたとかで、アンドレアは城下にある鍛冶工房に立ち寄っているのではとのことだった。  城下には、アンドレアとともにこの国に移住してきたシレアの民の工房がいくつもあり、質のいい武器や防具が数多く作られている。  クラウスも子供の頃にはよく王宮を抜け出して、工房を覗きに行っていたものだった。 「――――いや、重さは問題ない。ただ以前のものより、やや刃がもろくなった気がするのだ」 「では、配合を変えてみましょうか?」 「頼む。それから短剣のほうなのだが、こちらは長さはいいが、厚みをもう少し――――」  鍛冶工房に行くと、アンドレアが武器の改良について職人たちと話しているところだった。  シレアの民は俗に「戦闘民族」とも呼ばれ、肉体を使った戦闘には長けているが、魔法を持たない民族だ。  それゆえに十七年前、「魔術師王」と呼ばれた当時の隣国の王によって国を滅ぼされた。  今はその隣国も別の国に併合されたが、シレアの民は祖国を失ったまま、今も大エウロパ大陸の各地に離散して暮らしている。  アンドレアも、先王との出会いがなければ、今頃はどこかで傭兵稼業でもして糊口をしのいでいたかもしれない。  けれど、アンドレアとともにシレアの民たちがヴァナルガンドに来てくれたおかげで、高度な戦闘技術や武器、防具の製法が伝えられ、この国の騎士団の戦闘力は飛躍的に上がった。あまり魔術には適性がなかったクラウスは、アンドレアのように自分も鍛錬を積み、ゆくゆくは騎士王になって、彼を従えて戦いに赴くことを夢見ていたのだ。  ただでさえ体力で劣るオメガ、しかも世継ぎを産まねばならない体になってしまったので、昔ほど激しい鍛錬はできなくなったが、ここに来ると日々アンドレアと手合わせしていた十代の頃を思い出して、ちょっとうずうずしてくる。 「……クラウス殿下っ?」  入り口からちらちらと中を覗いていたら、熱心に話し込んでいたアンドレアが、ようやくこちらに気づいて頓狂な声を出した。  職人たちが慌てて脇に控えようとしたので、すっと手を振ってそれを制して、クラウスは言った。 「皆そのままでいい。アンドレア、よく戻ったな」 「は……。その……、王宮にも参内せず、申し訳ありません」 「まったくだ! 三か月も遠征に出ていたというのに、俺に顔も見せずにさっそく武器の手入れとは。まあ、おまえらしいといえばおまえらしいかな?」  からかうようにそう言うと、アンドレアは何か弁明しかかったが、結局気恥ずかしそうな表情を浮かべて、小さく頭を下げただけだった。  長い戦いのあとには、まず己の体をいたわり、同じように武具をいたわる。  シレアの民であるアンドレアが、幼少の頃から身につけている習慣だ。こちらもそれをわかっているので、臣下として礼を失する行為だ、などと言って罰したりはしない。 「今、お席をご用意いたしますので」  アンドレアが言って、木製の肘かけ椅子を絹の布で磨き出す。  別に、立ったままでもかまわないのに。 「このままでいいよ、アンドレア」 「いえ、このようなむさくるしいところへ来ていただいたのです。せめてこれくらいは」 「俺は何も気にしてないぞ。だいたい、昔から何度も来てるじゃないか?」 「子供の頃とは違います。……さあ、こちらへ」  職人たちの作業を止めることなく工房を見渡せて、しばし話もできそうな場所に、アンドレアがピカピカに磨いた椅子を置いて柔らかい毛皮をかける。  王族のクラウスに対し、アンドレアがこのように臣下として振る舞うのは、誰の目にも当然のことではある。  でもクラウスとしては、やはり少し寂しい。昔はもっと気楽な関係だったのにと、ついそう思ってしまう。 (だが、それも仕方のないことか)  三年前、クラウスがオメガにバース転換したことに、最初に気づいたのはアンドレアだった。一般的にアルファは、オメガに必要以上に近づかぬよう教育されるが、シレアの民はそういった礼節を特に重んじているため、アンドレアはあの瞬間から、文字どおり一歩引いてクラウスに接してきたのだ。  アンドレアはこの国の民ではあるが、それが彼のシレアの民としての生き方ならば、きちんと尊重したい。  クラウスはそう思い、アンドレアが用意してくれた椅子に腰かけて、鷹揚に言った。 「遠征ご苦労だった。詳細は団長の報告書を待つとして、どうだった、山賊退治は?」 「そうですね……、地形が複雑で、しばし攻めあぐねる場面もありましたが、おおむね作戦どおりに敵を追い込むことに成功しました」

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