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第一話③

「桐枝」  一成はソファーから腰をあげた。 「ちょっと立て」  伝馬は一成を見上げて、はいと返事をし、自分も立ちあがる。  一成は緊張したような教え子を見下ろした。自分より背は低いが、三年間の高校生活の中で、同じぐらいにはなるだろう。そういう気配がする。 「お前が俺を好きだというのは、よくわかった」  伝馬の息を呑む様子が伝わってくる。  一成は呼吸を整えるように一つ息を吐くと、教師の声で言った。 「俺も、それに答えようと思う」  利き腕が、腰のそばで静かに握り拳をつくる。 「これが、俺の返事だ」  そう言うなり、利き腕を持ちあげて、まるでボクサーのように伝馬の左頬をぶん殴った。  ドアが壊れるような音を立てて閉じたのを合図に、一成は手をぶらぶらと振りながらソファーに座った。 「――おっかねえ音だな、一成」  部屋の奥から、中年男性の暢気な声がした。 「ドアなら壊れていないぞ」  煙草を吸いたくなって、ワイシャツの胸のポケットを探った。だがなかったので、仕方なく立ち上がり、奥の事務用机に取りに行く。 「お前のパンチが凄かったんだよ」  声は可笑しそうである。  一成は相談室を区切ってあるキャスター付きの衝立を乱暴にどけた。この部屋を訪れた生徒たちには見えないが、衝立の向こうには事務用机が二つ並べられてあって、その脇に古ぼけたソファーが一個置いてある。その上で靴を脱いで、まるで自室のように横になって寛いでいるのは、もう一人の相談員だった。 「昼寝していたんじゃないのか? じいさん」 「目が覚めたんだ。いや、いいところで起きたもんだ、俺も」  筒井順慶は寝返りを打って、人の悪そうな笑顔を見せる。  一成は引き出しから煙草の箱をひったくると、逆さにひっくり返し、一本取り出した。気分を落ち着かせるように口にくわえて、机の上にあった百円ライターで火をつける。 「おい、ここは禁煙だぞ」 「嫌なら、出てけ」  そう言いながらも、窓際に寄り、少しだけ窓を開ける。 「苛々するな、一成。ここは野郎しかいないんだぞ? 好きだ嫌いだも、指導の一環だ。それなのにいきなり殴るなんて、可哀相だろうか。せっかく暴れん坊なお前を好きだって言ってくれたのに」  一成は煙草の煙が外へ流れてゆく位置に立ち、順慶の説教をムカムカしながら聞いていた。どう考えても、こっそりと覗き見していたに違いない。 「お優しいな、じいさんは。昔、俺の頭を百科事典で叩いた暴力教師には到底見えない」 「仕方がないだろう。あれは、お前が宿題を忘れたんだから。お前が悪い」

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