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第四話⑨

 ――まあ、歩いて帰るのも悪くはない。  十字路で右に曲がる。自宅マンションまでは徒歩で三〇分くらいである。代車は借りなかったが、愛車の点検内容によっては日数がかかるかもしれない。その時はディーラーから借りることにして、試しにマンションまで歩いているが、特に大変だとは感じない。肉体的に疲労していたら、自分の足で帰るのは億劫(おっくう)かもしれないが、学園に比較的近いマンションを住居にしたのであともうちょっとで着く。自宅と学校の往復だけならば、たまには歩いてもいいだろうと思った。  ――着いたらシャワーを浴びるか。  夕暮れの生ぬるい風に吹かれながら帰るのは、中々気分がいい。仕事終わりの解放感もあって、一成はすっかり(くつろ)いだ足取りで車に気つけながら向かっていると、突然後方で気配を感じた。自転車かと思って道を譲ろうと脇に避けながら肩越しに振り返ると、やはり自転車が近づいてきていてブレーキをかけて止まった。 「先生!」  乗っていたのは伝馬だった。  一成は驚いて足を止める。 「どうした、桐枝」  プライベートモードから担任スタンスへと意識が切り替わる。どうしてここにいるんだと(いぶか)ったが、伝馬は制服姿だったので学校から帰るところなのだと理解した。 「部活の帰りか」 「はい」  伝馬は自転車を下りると、通行の(さまた)げにならないように(はじ)に寄せる。 「先生の後ろ姿を見かけて……」  少しはにかむように語尾が消える。 「通学路なのか?」  自分の後ろ姿を見かけたから声をかけた。まるでどこかのドラマのようなシチュエーションに一成は口元をほころばせる。 「はい」  伝馬は一成の目を見て返事をする。 「歩いている先生を見たのは初めてなんです」  俺も桐枝と遭遇(そうぐう)したのは初めてだ、と一成は言いかけて苦笑いした。遭遇って何だ。不意打ちを喰らったような言い方だ。 「俺は普段は車通勤だからな。今日は歩いて帰る羽目になったが」  すると伝馬の表情から嬉しそうだった色合いが、拭い取られたように消えた。 「あの……何かあったんですか?」  一転して硬い声に、一成がびっくりして伝馬を見つめ返す。 「いや、ただ車が不調なだけだ。エンジンがかからないから歩いて帰っている」  逆に心配になった。どうして桐枝がそんな深刻になるんだ? 「あ……そうですか」  見る間に強張っていた頬から力が抜けて、安心したように柔らかくなった。 「俺、変に心配しちゃって」  伝馬は右手で気恥ずかしそうに髪を後ろへ撫でる。 「すみませんでした」 「いや、心配して声をかけてくれたんだな、桐枝」  一成はいたわるように優しい表情を浮かべる。突然伝馬が現れたのには驚いたが、自分のことを心配してくれたのは素直にじわっときた。  ――本当に直球な奴だな。  だが全く不愉快ではなかった。

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