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第四話⑪

「何だ、桐枝」  やはり保健室での一件を忘れていなかったのかと一成は身構えたが、生真面目そうな口元から出てきた言葉は予想外のことだった。 「先生は……どうして教師になったんですか?」  伝馬は言い淀むようにいったん言葉を切るが、すぐに続ける。 「どうして、日本史なんですか?」  一成は小さく目を見開く。シルバーのハイエースが忙しそうに通って行き、一成はさらに車道の(はじ)に寄って後ろにいる伝馬に話しかける。 「どうしてそんなことを聞くんだ」  何となくだが予想はつく。教師になってから数年、度々同じことを生徒たちから質問されてきた。 「……いえ、あの」  伝馬は言葉を濁して俯く。どうも何と言おうかと悩んでいる様子で、言葉を探すように下を向いている視線が彷徨(さまよ)っている。  一成は忍び笑いする。 「不思議なのか? 俺が日本史の教師をしているのが」  そのことを質問する時、なぜかみんな目の前の伝馬と同じ態度になる。そんなに聞きにくいことなのかなと毎回疑問に思う一成である。 「あ……そう、そうです」  伝馬は顔を上げて、溺れていた海で浮き輪を投げ入れられたようにホッとしたような表情を浮かべる。 「不思議というか……副島先生に似合わない感じで」 「――そうか」  一成は粛々(しゅくしゅく)と頷いた。本当に言葉を選ばない直球な奴だと呆れながらも感心した。今までに「センセー、どうしてセンセ―はセンセ―になったんですかー?」というユルユル系から「先生が教職を目指した理由をお聞きしたいんです。聞くまでここを動きません」というガンコイッテツ系まで色々といたが、伝馬のように似合わないとぶっちゃけた生徒はいなかった。だが態度や言葉でオブラートに包みながらも、なぜ自分が教職を選んだのかを質問してくるのは、結局そういうことなんだろうと感じていた。  それにしてもと、一成は歩きながら指先で顎のあたりを撫でる。そんなに俺は教師のイメージじゃないのか? 「先生、副島先生」  背後から伝馬が必死に呼ぶ。一般的な教師の理想像をあれこれ考えていた一成は、うんと振り返る。 「あの、変なことを聞いてすみません! やっぱりいいです!」  ハンドルを握りながら前のめりで頭を下げる。一成は笑い飛ばした。 「謝らなくていいぞ、桐枝。みんな俺に同じことを聞いてくるから」  素直で真面目な奴だと改めて思った。いい傾向だ。  恐る恐る伝馬は顔を上げる。 「そうなんですか」 「そうだ。よほど気になるんだな」  一成は明るく返す。伝馬が気に病まないように、何てことのない他愛のない話だという雰囲気をつくる。

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