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第四話⑫

「俺が教師になったのは、いい先生方に恵まれたからだな。だから俺も教師になろうと思った」  さらっと口に出せた。自然体だ。よしと、一成は波の間を泳いでいるように息継ぎをする。 「日本史を選んだのは、勉強してみると案外楽しかったからだ。歴史というのは、人の物語なんだ。小難しい言葉が並んだ教科書じゃない。それを教えたかった」  そう(しん)から思えたのは自分にとって良かった。一成は歩きながら薄暗くなってきた辺りの色合いを目の中に溜めて、前を見据える。 「まだ俺の教え方は下手くそだが、何か一つの物事に興味を持ってもらえたら、それをきっかけに歴史を勉強してくれるかもしれない。期待しているんだ」  と、日本史の教師らしい願望を吐き出しながらも、今日の授業が頭の中でプレイバックされて背中がナナメになりそうだった。 「先生は、下手くそじゃないです」  間髪を入れず、伝馬は訴える。 「下手くそだったら、俺は先生に勧められた本を読んでいないです」 「お前は優しい奴だな、桐枝」  おためごかしではなく、本気で思っているのが伝わってきて、一成は肩の力がぬけたような和らいだ笑顔を振り返って見せる。 「……」  伝馬は真顔で数回瞬きをすると、肩を上げてまっすぐに下を向く。少しだけ耳が赤くなっている。  いきなりどうしたと一成は(いぶか)るが、恥ずかしいのかと思った。だが何が恥ずかしいのかわからない。  ――桐枝は俺に告白してきたな。  それがあって恥ずかしいのかと首をかしげたが、もう終わったことだと一成は認識している。  まあいいと、後ろから来た車を避けるようにさらに道の(はし)に寄る。ダークグリーン色の可愛らしい軽自動車が歩行者に気をつけるように、スピードをゆるめて走行していく。 「少なくとも、桐枝にとっては俺の授業が下手くそじゃないとわかって安心した」  冗談めかして言うと、伝馬は自転車を押して歩きながら窺うように顔を上げる。一成を正視できないのか、若干視線を逸らしている。  一成は小さく笑うと、そんな伝馬から目を離して前を向く。自分のマンションまであと少しだ。そこで別れれば、伝馬はまた自転車に乗って行くだろう。早く帰らせてやりたい。  ――は、教え方が上手(うま)かった。  いつもの夕暮れの穏やかな風景。自分が高校生だった時と何ら変わらない。  一成は込み上げてきた苦々しい記憶の味を押し潰そうとするように、唇を硬く噛み締める。  ――上手(うま)すぎて、(だま)されていることもわからなかった。  だから、俺は感染したんだ。  気持ちも――身体も……

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