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第五話②

 一成は目の前に差し出された文庫本を黙って見つめる。表紙の一面は深くて暗い青色で統一され、(もろ)く透明な色で『片想いの相聞歌(そうもんか)』と端整に(つづ)られている。まるで日も射さない深海の海中(わたなか)で文字が揺蕩(たゆた)っているような表紙のイメージだ。記されている人名もまた深海の奥底に沈んでいる。 「シリーズの新作だ。一成も読んでいただろう?」 「……そうだったな」  最初に七生から紹介されても読む気は起きなかったが、なぜか本のページをめくっていた。話自体はあまりよく覚えてはいない。 「面白いよね、このシリーズ。高校教師が事件を推理して解決するなんて、深水先生の願望だったのかな」 「さあな」  自分に差し出されたので、流れで一成は受け取った。七生の好意を無下にはできない。 「読み終わったら、また語ろうよ」  七生は気安く誘いながらも、両目は期待に満ち満ちて圧が凄い。一成は文庫本を片手に、内心の複雑な気持ちを押し隠して期待に応えた。 「読んだら返す。今忙しいから、すぐには無理だが」 「いいよ。楽しみにしている」  心底嬉しそうな七生をこれ以上刺激しないように、一成は図書室を去ろうとした。 「あれ、そういえば一成は図書室に何か用事があったわけ?」  ふと思いついたように七生は声をかける。しかし一成は「大した用じゃない」と伝えてドアを静かに閉めた。  まだ昼休憩時間なので、廊下には生徒たちがいて、何やら楽しそうにお喋りしている。それらを背にして職員室へ向かいながら、溜息が出そうになるのを堪える。  ――まさかこの本を渡されるとはな。  文庫本なのに無性に重たく感じられる。まるで厚いハードカバーを持っているかのようだ。  ――どうしようか……  七生との語る会は別に苦ではない。毎回七生が一人でディープに語りまくるので、自分は聞き役に回ってうんうんと相槌を打っている。それはいい。問題はそのためにこの本を読まなければならないことだ。  ――既刊の二冊は目を通しはしたが……  どうして読もうと思ったのか自分でも理解できない。  ――俺は……まだ知りたかったんだろうか……  一成は遮るように頭を少し振った。それ以上考えたくはなかった。  職員室へ戻ると、活気みなぎる(やかま)しい声がドアを開けた瞬間に真正面からぶつかってきた。 「では君たち! 今から僕の言うことをよく聞いて!」  古矢が椅子から立ち上がって、スペシャルに盛り上がっている。 「まずは新呼吸だ! さあ吸って! 吐いて!!」  いきなり職員室でラジオ体操かとはた迷惑そうに眉をひそめた一成は、古矢の目の前で棒立ち状態になっている二人に三白眼を見開く。 「まずは君! 桐枝君! 次は君だ! 綾野君!」

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