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第五話④

「明日でもいいぞ」 「やったあ!」  両手で無邪気にバンザイする勇太に、伝馬が慌てて「勇太!」と声をかける。しかし当人には届いていない。 「忘れるなよ、綾野」 「はいはーい!!」 「返事は一度でいい」  一成は教師らしく注意するが、何だか小言を喰らわす(やかま)し屋のような気分になってちょっと気が滅入った。「大丈夫! 元気なのは良いことだ!」と古矢が横から口を出してきたので、いい加減にその首を締めたくなった。 「話はそれだけか」 「――はい、ありがとうございます」  伝馬が小さく頭を下げる。お前がプリントを忘れたわけじゃないだろうと一成は苦笑いしながら椅子を引いて座った。伝馬につられて勇太も「すみませんでした!」と笑顔で言ってきたので、もう教室に戻れと二人に手を振った。 「あの、先生」  伝馬は一成の机の上をちらっと見た。何かが気になっている様子である。何だと一成は伝馬が見ている先を目で追う。 「この本がどうかしたのか」  図書室で借りた文庫本である。  伝馬は目線を下げて、じっと見つめている。 「興味があるのか」  どうしてそんなに凝視しているのかがわからない。 「先に読むか。貸すぞ」  ちょうどいい渡りに船だと思った。七生には悪いが、やはり読むのに気が乗らなかった。伝馬が読みたいのなら、七生には自分が説明して本の貸し出し人を変更すればいいだけの話だ。 「いえ、興味があるっていうか……」  伝馬はようやく目を上げて、一成を向いた。 「先生は、こういう本を読むんですか?」  まるでテストの正解を聞くような口調で真剣に聞いてくる。 「まあな。読みたくなったらな」  伝馬の言う「こういう本」の意味合いがよく掴めないが、本は読みたい時に読むのが一番没頭できると一成は考えている。だから今の気持ちでこの本を読むのは難しかった。 「俺も読んでみます」  伝馬は素早く言った。 「先生が読んだら、次に貸して下さい。お願いします」  だからお前が先に読めと一成は言いかけたが、強情そうに結ばれた口元を見てやめた。言い出したら頑固に聞かない伝馬の性格は、あの相談室での一件から一成の脳裏にがっつりと刻み込まれている。 「遅くなるが、それでもいいのか」 「大丈夫です」  伝馬は嬉しそうに表情を崩す。その隣で勇太も覗き込むようにして文庫本を見ているが、タイトルの意味でもわからないのか左右に首を振っている。 「先生、ところでこの本を書いた人は何て読むんですか?」  伝馬は文庫本の表紙の下に記されている作者名をきちんと読もうと目を細めている。「俺もわかんない!」と勇太も投げ出す。一成はふっと息をついた。俺も最初は読めなかったと思い出した。 「それは、ふかみ……」 「深水(ふかみ)(えい)先生だ!!」  唐突に古矢が話に割り込んできた。

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