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第六話①

「大きくなった」  信号機が青になって、ミラジーノは車の流れに乗って走り始める。  助手席に座る一成は硬い顔つきを崩さずに息を吐き出す。 「そうですね」  まるで小さかった子供が成長して大人になったと言われた感じがして、少々苛立った。俺は貴方にはそこまで子供に見えたんだなと。 「身長も体重も、失業式からあまり変わっていませんが。深山先生からは大きく成長して見えるようで安心しました」  皮肉げに言いながら一成は胃が痛くなる。けして皮肉好きな相手を喜ばすために口にしたわけではない。 「なるほど、素晴らしい」  (えい)は丁寧にハンドルを握りながら、ブラックのヘッドレストにゆったりと頭の後部をもたせる。 「口の聞き方も成長したようだ。どうやら会話も愉しめそうだ」  声は含むように笑っている。  一成はそっと右手で左腕の手首を押さえた。自分を落ち着かせるためだ。  外はすっかり暗くなっている。道路沿いの街灯は眩しく光り、車のヘッドライトと共に夜を照らしている。混雑する時間帯は過ぎたので走る車の台数は減っているが、ヘッドライトの光はいまだに道路に流れている。 「悪くはない」  車内がいったん沈黙し、居心地の悪さを感じていた一成は息をひそめて隣を覗き見る。榮はシートにもたれて運転している。暗がりだが、その姿はとてもリラックスしているように見える。 「大きくなった君を乗せて夜にドライブをする。ひどく小説的だ」  感じたことを読み上げるような口ぶりである。  一成は榮から視線を離し、前を向いた。榮はこういう言い方を好む。相手を翻弄させるために。 「貴方は小説家だから、そう感じるんです」 「良い返答だ、一成」  榮の口元は薄く笑っている。 「一流のフランス料理を提供されて、これは美味しい、なぜならフランス料理だからだと答えるようなものだ」 「フランス料理がお好きだったとは、初めて知りました」  榮の言葉に乱されてはならない。一成は胃がキリキリとするが我慢する。もう自分は榮と出会った高校生ではない。相手にそのことをわからせなければならない。  榮はふふっと笑う。 「あの料理はフランス人のように面倒だ。好きではないが、フランス人を知りたかったらフランス料理を食べるといい」  忠告めいて言いながら、青信号の交差点の十字路を直進する。どこに向かっているのだろうと、一成は憂鬱そうにカーウィンドウの外に広がる暗闇の世界を見る。どこに行くのか教えられないまま乗ってしまった。自分も聞かなかった。 「ところで、深水(ふかみ)先生」  図書室で出会った榮が二学年の歴史担当の教師であることを知ってから、一成はそう呼んでいる。そう、先生。貴方は俺の先生だった。 「いまさら俺に何の用ですか」

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