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第六話⑤

「とても回りくどい言い方ですね、相変わらず」  一成は(たま)らずに吐き出す。 「結局、言いたいのは何ですか、深水先生」 「偶然の終着点だ」  榮はちょっとだけ微笑む。 「偶然が重なり合った。まるで方程式のようだ」 「そんな方程式なんて知りません」  一成はつっけんどんに言い返す。その言い方が子供じみていて自分でも嫌になる。 「俺の人生にも、生憎そんなものは存在しません」  あってたまるかと一成は苦虫を嚙み潰したような思いになる。偶然なんてそこら中にある。特別なことではない。決して。 「君が気がついていないだけではないのか」  榮は車のスピードを落として直進する。道路の正面に見えるのは高層マンションの地下駐車場ゲートだ。 「ああ、ここで終わりにしよう」  ヘッドライトが暗闇にぽっかりと穴が開いたようなゲートを浮き上がらせる。その先もまた暗闇だ。 「何を……終わりにするんですか」  どこへ行くんですかと聞きたかった。しかし聞かなくても肌が粟立(あわだ)つ。 「君との戯言(たわごと)だ」  榮は素っ気なく言い捨てながら、スピードをあげずに地下ゲートをくぐっていく。地下駐車場は目に優しい色合いの照明がついていて、清潔で明るい。一面の広くて平らなスペースには十数台の車が駐車してある。どれも洗車したてのように小奇麗だ。  榮は駐車スペースの左奥の方でラインに沿って停車すると、サイドブレーキのペダルを踏んでエンジンを切った。 「ついて来なさい」  当たり前のように言い置いて、シートベルトを外し先に運転席から降りる。  一成は身じろぎもしないで前方を見つめる。頭の中では赤いランプが点滅し、降りるな、降りるなと警告している。そうだ、降りるな。一成は人気のない駐車場内の一点を凝視しながら、両手がゆっくりとシートベルトを外した。降りるな。赤いランプが警告している。降りるな。脳内でその言葉が繰り返されながら、助手席側のドアハンドルに手をかけ、ドアを押し開き車の外へ出た。  榮は何も言わずに身をひるがえす。向かう先にはエレベーターがある。 「先生、俺は」  反射的に一成は言う。 「待って下さい、俺は」  行かない――と口がはっきりと動く前に、榮はいったん立ち止まると、冷ややかに振り返った。 「君はもう、子供ではないだろう」  その端正な声はひどく冷徹だった。  一成は銃口を向けられたように後ずさる。何かが全速力で這い上がってくる。それは腕や足を(から)め捕り抵抗できなくさせる。 「私が運転する車に乗ったということは、そういうことだ」  榮は微塵も容赦しなかった。 「来なさい」  一成は拒むようにうなだれた。だが高校生だった時と変わらず、榮の言葉には逆らえなかった。  地下の冷たいコンクリートに二つの硬い足音が響いていった。
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