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第七話②

「先生!」  一時間目の授業のため早足で職員室へ向かう一成を、後ろから呼び止める。桐枝かと歩調をゆるめながら肩越しに振り返ると、やはり走って追いかけてくるのは伝馬だった。 「廊下は走るな」  注意しながらも、伝馬の様子に(いぶか)しむ。 「すみません」  伝馬は素直に謝ったが、いつもの男前な表情が少し曇っている。具合が悪いのかと思ったが、顔色や唇の色は悪くはない。 「どうした」  体育祭のことかと考えた。どこかもの言いたげな雰囲気である。ホームルームの内容を思い返しながら、伝馬が言い出すのを待った。  しかし伝馬は「……あの」と一言口を開いたきり、案山子(かかし)のように突っ立っている。頑固そうな目だけはしっかりと一成へ向けながら。  いつも以上に目力が強いなと三白眼である一成も半分呆れながら、時間が差し迫っているので伝馬に教室へ戻るよう伝えた。 「言いたいことがまとまったら、あとで職員室へ来い」  負けじと視線を逸らさずに言うと、伝馬は浮かない表情ながらも「はい」ときちんと返事をした。  一成は身をひるがえして再び職員室へ向かうが、背中が妙にざわざわする。伝馬の視線だとすぐにわかった。早く教室へ戻れと思いながらも首をひねった。  伝馬は悩んでいた。  一時間目の数学が始まり、教師の理博(りはく)が突然「数字とは生き物だ」とかねちっこく語り始めながら、白いチョークで黒板にエニグマの暗号みたいな数式を書いていったので、教室の空気がうすら寒くなっていく中、一人違う空間で悶々(もんもん)としていた。  ――先生に聞くなんて駄目だよな。  悩み抜いて、我慢しきれずに一成を追いかけた。だが振り返った一成の怪訝そうな顔を見た途端に、ハッと我に返った――マタ、バカスルトコロダッタ――伝馬は遠ざかっていく男らしい背中を見つめながら、自分が軽率に口を開かなかったことだけ胸を撫でおろした。  ――だけど、気になるんだ……  黒板の前で理博が教科書を広げながら、数字の素晴らしさを力説している。「数字は裏切らない。永遠の味方だ! 友達だ! 家族だ!」……いったい数学教師に何が起きたのだろうとクラス中がポッカーンとなっているが、伝馬はどうしようと苦悩していた。  ――やっぱり真相が知りたいよな。  この前、麻樹から聞いた話である。その内容は結構伝馬的には衝撃度が大きくて、聞いて良かったのかいまだに判断がつかない。  ――上戸先輩も本当かどうかわからないって言っていたし。  そう伝えることで伝馬が変に考え過ぎないように配慮してくれたのだろう。優しい先輩なんだとしんみり思った。  その優しい先輩が真面目に語ってくれた話が、心の膜にこびりついている。 「俺がまだ一年生で、半年くらい過ぎた頃だったかな」  麻樹は思い出すようにやや俯きながら、話し始めた。

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