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第七話④
「桐枝、元気出せ」
麻樹は伝馬の頭を優しくポンポンする。
「最初にも言ったけれど、本当かどうかわからないから。だいたいこういう話は本人しか知らないはずだし。それなのに話した俺も悪かった。謝る」
みるからにガリガリに落ち込んでいる伝馬を心配して、麻樹は伝馬の顔を横から覗き込んで肩を叩く。
「俺はデリカシーが足りないって妹たちによく言われる。もっと言葉に気をつければよかった。だから気にするな。元気出せ」
「だ……大丈夫です」
伝馬はなんとか言った。自分から聞いたんだ。先輩は全然悪くない。
「すみませんでした」
ぺこりと頭を下げる。自分から聞いておいて、教えてくれた上戸先輩に謝罪させるって最低だろう。申し訳ない気持ちで別方向に落ち込む。
「お前は気を使い過ぎだって」
麻樹はそんな伝馬をいたわるように今度は背中をポンポンする。
「余計な気遣いは疲れるって。桐枝は自分の大事なことに集中しろ。いいな」
「……はい」
先輩の気遣いに素直にうなだれた。
「よし、じゃあ話はこれで終わり。部活に行くぞ」
空気を変えるように話を打ち切って、麻樹は立ち上がる。
はいと伝馬も元気なく腰を上げる。麻樹は気にしながらも更衣室のドアを開けたら、空手着姿の海坊主が仁王立ちでどんと待ち構えていた。
「終わったようだな!! 俺は疲れたぞ!!」
「……あ、そういやお前いたっけ」
という麻樹のボケで幕引きとなった。
――上戸先輩にも悪いことをした。
一連の出来事を思い返しながら、片手で机の上に頬杖をつく。
――でも、先生の話は本当かどうかはわからないし。
黒板の前では、取り憑いていた生霊でも離れて正気に戻ったのか、理博がエニグマの暗号もどきを消して、白いチョークで教科書の方程式をみちみちと書きながら説明している。伝馬は顔を黒板へ向けて視界にその方程式が入っているが、頭は聞いた話のことでいっぱいいっぱいだった。
――でも、もし本当だったら。
視線が険しく歪む。もし本当だったら。
――先生には好きな人がいた……
頭のてっぺんからガツガツした岩が転がり落ちてきて、ぺちゃんこにされたような気分になる。小さなため息を五・三倍にしたような盛大なため息が出た。
――先生に本当のことを聞きたい……いや、そもそも先生に聞いていいものか……
「――桐枝」
突然耳元でゾッとするような声がした。伝馬は頬杖をついたまま、現実に目が覚めてそーっと振り向く。
いつの間にか、正気に戻った数学教師が机の脇に立っていた。
「私の授業が不満という意思表示のため息か、桐枝」
右手にはマストアイテムの算盤があって、左の手のひらにポンと叩く。
やばい、と颯天のように焦る。気が付けば、教室中が伝馬に注目していた。
「立て、桐枝」
伝馬は急いで言う通りにした。
「今からお前に、数学を教えてやる。数字と付き合えるくらいにな」
理博はホラー映画のナレーションのように不気味な口調になると、そのまま今日の説教モードに突入した。
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