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第七話⑥

「怒るな。だいたい蘭堂はお前に聞いて欲しかったんだぞ」 「あいつは誰でもいいんだ。聞いてくれるなら海坊主だっていい」 「そうか?」  順慶は両腕をあげて大きく背伸びをする。 「蘭堂は無二の親友と仲良さげな教師に話をしているな。神楽坂(かぐらざか)先生も困惑していた」  神楽坂(かぐらざか)真緒(まお)は三学年の国語教師である。勤続年数三十年以上のベテラン教師で、温厚で控えめな男性だ。口数は少ないが、相手の話を真面目に聞いてくれる誠実な人柄で知られ、生徒はもとより他の教師たちからも好かれている。 「神楽坂先生にまで話してどうしたいんだ、蘭堂は」  一成は首を振りながら呆れかえる。ゆったりと皺が刻まれた柔和な表情で宇佐美の話に耳を傾けている真緒の姿が浮かんできて、あまり神楽坂先生に長話するなと一言注意しておこうと思った。 「さて、どうしたいんだがな」  順慶はにやりと笑った。 「それじゃ、俺は部活に行くからな。ここはお前に任せたぞ、一成」 「じいさんが居ても居なくても同じことだからな」  一成は腰をさすりながら立ちあがる。 「ま、一人になれるのはいい。これでテストの準備に集中できる」 「真面目に教師をやっていて俺も鼻が高いぞ、一成」  からかい三昧の順慶に、一成は心のぷちぷちの一つが簡単にプチッとなった。 「じいさんも真面目に教師をやればいいのに。タヌキ寝入りなんかしないでな」 「ばか、タヌキ寝入りも大事な教師の仕事だ。テストに出るから覚えておけよ」  教師の口調で言うと、さっさと相談室を出て行った。 「……何がテストに出るだ」  一成は苦々しくごちて、腰に手をやりながら、衝立の奥にある自分専用の机の前に座ると、テストを作成する準備に取りかかる。  なぜか、身体が疲れて重たく感じた。  柔道部が使用している道場へのんびりと向かいながら、順慶はやれやれと手で首のうなじをかく。  ――一成の奴、気がついていないんだな。  まあ、わからないよなとは思う。自分の微妙な変化には。  ――俺が感づいたのは、冴人を抱いているからだ。  吾妻学園理事長のボディガード兼情人である順慶は、考えるように少し天井を睨む。  ――相手は……生徒じゃないよな。  前方から二人の三年生がお喋りしながら歩いてきて「せんせー! さよなら!」「つつっち、また明日!」と明るく挨拶されて「おう、気をつけて帰れよ」と気安く返す。はーいと背中で受けながら、冴人を抱く時の男らしく野性味あふれる目つきになる。  ――やっぱり、叔父と甥だから似ているんだな。  抱かれた後の「匂い」である。

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