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第七話⑦

 ――鼻で感じるわけじゃない。なんとなく嗅ぎ取れるんだ。  順慶に抱かれた後の冴人から匂ってくるものが、気が付くと最近の一成からもじわりじわりと匂ってくるのだ。  ――あいつ、抱かれているんだな。  順慶は奇妙そうに口元をゆるめた。仮に一成の相手が同性だったとしても驚くことではないが、自分と同じく抱く側だと思っていた。  ――そこまで似るんだな。  妙に感心して、渡り廊下に出る。校舎と道場を繋ぐ廊下だ。放課後とはいえ、春の季節の日があたたかく光っている。  ――生徒じゃなければいいさ。  人のプライベートには関心がない順慶である。一成の相手が誰であろうが自分には関係ない。自分は冴人だけで人生の全てが予約されているのである。  順慶は渡り廊下を進みながら、ふと頭をあげた。鳥の心地よい鳴き声がする。春は生き物たちにとっても新たなサイクルの始まりなのだ。  両足を止めて、その鳴き声に耳を傾ける。毎年聞いているなと思った。黒い詰襟学生服を着ていた昔から、白いワイシャツにネクタイを締めたスーツになってからも、ずっと。  ――そういえば……  なにげにこの前聞いた話が頭をもたげた。ベッド上で冴人が話していたことだ。  ――一成の奴、随分と慕っていたな、確か。  順慶は指先で鼻先をちょろっと撫でる。まあいい、と邪推(じゃすい)を切り上げた。一成は大人だ。相手も大人だ。勝手にすればいい。  歌うような声が鳴き続ける。順慶も鼻歌を口ずさみながら渡り廊下を歩いて行った。  壁を背にして立ち、キスをする。もう十分に重ねた唇はしっとりと色づいている。だがもの足りないのか、キスは終わらない。  一成は唇を奪われながら、両手で榮の肩に抱きつく。熱くて、溺れてしまいそうだ。  榮はキスを重ね合わせていく。落ち着いて、濃厚に、執拗に、繰り返し、繰り返し。それからようやく口元を離し、小さく息をついた。 「お腹を満たしたい子供のようだ」  からかうように一成の唇を親指でなぞる。それだけで一成の敏感な部分が浅く疼く。 「全部……貴方のせいです」  一成は見栄えの良い肩に縋りつく。全裸だ。着衣しているのはくしゃくしゃになった白いワイシャツだけである。だがボタンは全て外されて胸がはだけている。その肌にはキスの痕が点在している。  榮は薄手のグレージュのナイトガウンを羽織っている。前は開き、裸の肉体が剥き出しだ。  リビングルームの照明は明るさを落としている。鈍い光で地味に照らされながら、ソファーの上で激しくセックスをしていた。お互いに衣服は脱いだが、榮は一成にはワイシャツだけ着るように言った。「そういう気分だ」一成は素直に従った。

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