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第八話④

 ――桐枝はみんなから信頼されているんだな。  新入生たちがクラスメイトとなってから早二ヶ月。そろそろお互いに慣れてきた頃合いだ。それぞれ個性もあるし、性格の良い面や苦手な面もわかってくる。その中で選ばれたのは、単に誰でも良かったという消去法ではなく、自分が良いと思うクラスメイト、多分に伝馬に対する信頼感が物を言ったのだろう。一成は教師の経験値からそう感じていた。  ――桐枝はその凄さがわかっていないからな。仕方がないが。  椅子の背に寄りかかって、両腕を組んだまま軽く笑う。昼休憩時間に学級委員長がいきなり職員室へやって来て、伝馬を励まして欲しいとお願いされたのには驚いた。 「桐枝君がすごく神経質になっていて、可哀想です。ぜひ先生から話してやって下さい。お願いします」 「――そんなに気が滅入っているのか」 「はい。先生と会話したら元気とやる気が出てくると思います」  圭は冷静に口にしながらも、どこか押しが強かった。「そうか! 応援するのは教師の務めだね!」と隣で朗らかに口うるさい古矢を無視して、一成は快諾した。どうして俺と会話したら元気とやる気が出るんだ? と圭の言い方に少し引っかかったが、伝馬と仲が良いので自分のことを話したのだろうと肩をすくめた。  ――それにしても、桐枝はそんなに神経質な生徒だったか?  一成は椅子の上で、今までの伝馬の態度と行動を思い巡らす。だがどう照らし合わせても、ナーバス系には見えない。  ――まず俺に堂々と告白してきたしな。  おそらく自分の感情に率直なのだろう。良く言えば、ウダウダと悩まない。悪く言えば、無鉄砲。  一成は両腕を組んだ格好で、しばし両目をつぶる。一成以外に誰もいない相談室はとても静かで、廊下から生徒たちの楽しそうなざわめきが聞こえてくる。閉め切った窓の外からも、部活中の大声が耳に入ってくる。放課後は授業を終えた解放感のような空気が漂っている。いつの時代でも変わらない光景。教師である今も、高校生だった昔も。  ――俺とは大違いだな。  物思いから身を起こすように両目を開ける。薄汚れた壁の模様はずっとそのままだ。  ――俺も真正面から正直に自分の気持ちを告げていたら、違っていただろうか。  桐枝のように。まっすぐに。  一成は机に肩肘をつくと、いや、違うだろうと額に手を当てた。告げたら、拒否された。  あの時の榮の冷めきった眼差しを忘れはしない。  ――それなのに、俺は……  背後からガガッとドアの開く音がして、一成は反射的に顔を上げた。

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