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第八話⑧

 そんなにすごいのかと、伝馬は周りの声援にうつらうつら感じながら道着に着替える。クラス代表に選ばれた時のモチベーションのマイナスっぷりに比べたら、ややゲージは上がってはいるが、それでもやる気ラインは低空飛行を続けている。もっとも体育祭は七月に開催されるので、まだまだ先の話だ。開催が近づいてきたら、さすがの自分も頑張ろうという気になるだろうとは思っている。  先に行くぞーと、一年の部活仲間たちに肩を叩かれて、伝馬は「わかった」と返事をして、隣の颯天を振り返る。颯天はリュックサックとロッカーの中を交互に見ながら「ヤバい!」と叫んだ。 「道着忘れた! たぶん教室だ! 取ってくる!」  バタバタと駆け足で更衣室を飛び出る。「先に行ってていいから!」と気を使ってくれて、伝馬はどうしようかと迷ったが、先に行って颯天のことを伝えておくことにした。  藍色の道着に身を固めて、更衣室を出ようとして、何気なしにドア側の隅っこにあるスタンドミラーをチラ見する。姿見に映った自分の顔が真面目に元気ない。とてもどんよりと沈んでいるような感じ。  伝馬は鏡に映る自分へ向かって、そうだよなとうなだれる。 「……どうして、先生は何も言ってくれないんだろう」  気持ちが浮かないのは、それがある。  この間、休憩時間に教室を出て行った圭はまもなく戻ってきて、「あとで先生から、伝馬にエールがくるはずだ」とこっそりと話してくれた。え? とびっくりしたが「先生は快く引き受けてくれたよ」と圭は冷静に言い、それを聞いた勇太も「やったあ、圭ちゃん、えらい」と屈託なく喜んだ。もちろん伝馬も嬉しかったが、それを押し隠すように俯いてしまった。先生、いきなりで変に思わないだろうか。俺に呆れないだろうか。そわそわ。どうしよう。でも。でも。とっても嬉しい!  俯いた表情は控えめながらにやけてきて、下から心配そうに覗き込んだ圭はクールに目を逸らし、勇太は「伝馬、顔が真っ赤だ。やっぱり、せ……」と無邪気に実況しようとして、素早く伸びだ圭の手で口元を塞がれた。  それから伝馬は今か今かと待っていた。なんて言ってくれるんだろう。胸はドキドキ、心はウキウキ。いつ言ってくれるんだろう。数日過ぎて、空へと舞い上がった期待は段々と地上へ下りてきて、今日には海中に墜落した。待ち望んだエールがいつまでたってもこないのである。  ――俺、先生に嫌われたのかな。  体育の時間も陸上トラックを走りながら考え込んでしまって、目の前にいた水瀬に気がつかず当たって転ばせてしまった。急いで手を差し伸べて、平謝りに謝った。水瀬は大丈夫とすぐに立ち上がってくれたが「クラス代表になって怒っている?」と真顔で訊かれてしまった。全然そんなことはないと謝ったが、水瀬は「最近の桐枝は顔がマジ暗いってみんな言っている。俺もそう思う」と逆に心配されてしまった。

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