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第八話⑨

 伝馬はひたすら真面目に否定した。水瀬やクラスメイトたちを誤解させたくはなかった。かといって、実は副島先生から励ましのお言葉がなくて落ち込んでいるなんて、口が裂けなくても言えなかった。  なんだかなあと、スタンドミラーに映る自分を覗き込む。道着を着ている姿は、勇太が以前に「ちょーカッコいい! おいしいタンメンみたい!」と謎に褒めてくれたが、何かすごく馬鹿(ばか)(づら)に見えてくる。 「俺って……どうしようもなくないか」  無意識に鏡の中の自分へ問いかける、誰もいない更衣室で、鏡に映る自分を見つめていること自体が情けなく思う――すました顔をしているよな、お前。気分はどん底なのに。 「……しなきゃよかったかな」  先生に告白しなければ――  伝馬はそっと腕を伸ばして、指の先で鏡の中の自分の顔に触れる。 「でも、伝えたかったよな……」  自分の気持ちを。  伝馬は諦めたように手を引っ込めて、両腕を二・三回動かした。落ち込んでいる時は、何を考えてもネガティブシンキングになる。身体を動かして、少しでも思考回路が悪い方へ向かわないようにと、気合いを入れて腕をぐるぐると回す。すると、ドアが足蹴されたようにバーンと開いた。 「誰かいるのか!!」  ドンッという効果音をバックに現れたのは、空手着姿の宇佐美である。  伝馬は持ち前の反射神経でスッとドアを避けて、唖然と見返した。いきなりの空手部の先輩の登場に、吃驚仰天である。 「おお!! 一年生だな!!」  宇佐美は部屋の片隅にいる伝馬の姿に破顔する。 「名前は何だ!! 俺は蘭堂宇佐美だ!!」 「……桐枝です」  伝馬は顔を覚えられてしまっていることに、やや不安な(おも)()ちで答える。 「うむ!! 桐枝!! 名は!!」 「……伝馬です」 「うむ!! 桐枝伝馬!!」  宇佐美はドアの入り口で仁王立ちすると、でっかく頷いた。 「お前に会いに来た!!!」  えっ、と伝馬は目を白黒させる。俺、何かしたか? と果たし状を叩きつけられるかもしれない口上に少々焦る。上戸先輩は? と無二の親友である主将を探そうとして、そういえば今日は会っていないと思い返した。 「理由を今から述べる!!」  伝馬はその場で硬直しているが、宇佐美は空気などぶち破って、更衣室へ騒々しく足を踏み入れた。 「文武両道会について教えるために来た!! なぜなら俺は毎年出場しているからだ!!」  大きく胸を張って表明する。  しかし伝馬は、文字通りの三点リーダーを表情にする。全く意味不明である。 「質問はあるか!!」  伝馬は謙虚に右手を挙げた。 「よし!! 何だ!!」 「あの、どうして俺に……」  宇佐美の登場に一から百までわけがわからないが、まずはなぜ自分に会いに来たのか知りたかった。体育祭の学園一文武両道会に出場する生徒は自分だけではない。

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