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第八話⑪

 伝馬は宇佐美を見上げたまま、無意識に膝上に両手をつき、姿勢を正す。周りの空気が一変したのを肌で感じ取る。 「なぜ、すみませんと言うんだ」  宇佐美はもう一度問いかけた。冷静で感情を抑制した声使い。表情はなく、眉一つ動かさずに、冷え冷えとした目で刺すように伝馬を見つめている。  伝馬は膝上で拳を固く握る。唾を呑み込んで、考えるよりも先に正直に喋った。 「自分はこの間、自分のことで上戸先輩に相談しました。それで先輩を心配させてしまって、申し訳なかったと思っています」  伝馬も宇佐美から視線を逸らさない。一体宇佐美に何が起きたのか。自分へ向ける冷たさに、身体が(しび)れそうになる。しかし本能がきちんと向き合えと警告している。絶対に目を逸らすな、俯くな。さもないと―― 「知っている」  宇佐美は素っ気なく言葉を放り投げる。 「俺が上戸に頼まれて、ドアの前で見張りをしていた。その時の話だな」 「――はい」  脂汗が出てくる。(あつ)が凄い。こんなにも身が縮むくらいに凄みのある先輩だとは思わなかった―― 「上戸は、お前をひどく気に掛けていた」  宇佐美は伝馬の目を覗き込んで言う。 「上戸は人が()くて面倒見がいい。お前を(しん)から心配していた」 「……すみませんでした」  伝馬は本心から頭を下げた。なんとなく、宇佐美の態度の原因がわかった。  ――俺に怒っているんだ。  上戸先輩のことで。  ――上戸先輩、俺のことを気にしてくれていたんだ……  伝馬は両手を拳にして、自分の頭をボコボコに叩きたくなった。俺はどうしてそうなんだろう――後先考えずに、突っ走ってしまう。副島先生にも、上戸先輩にも、迷惑だけかけている。圭にも指摘されていたのに。ああ…… 「しかしだ」  何か忍び笑いのような気配が感じられて、伝馬は、え? と頭をあげる。宇佐美からは冷たく刺々しかった表情が綺麗に拭い取られていて、代わりに男前な頬でニヤリと笑っていた。 「上戸の体調が悪くなったのは、桐枝の相談ではない。単に、受験勉強と弟妹(ていまい)の世話で疲れただけだ」  だから、と、宇佐美はずいっと伝馬へ顔を寄せて、含み笑いを浮かべながら告げる。 「桐枝が責任を感じることは、全くない。俺がお前をからかっただけだ。楽しそうだからな」  伝馬は目と鼻の先まで迫ってきた迫力のある顔立ちのお茶目な暴露に、真面目にフリーズする。え? え? え? 状態だ。 「うむ、実に素直で正直で単純明快だ。感心する。上戸も気に入るはずだ」  宇佐美は鳩が豆鉄砲を食ったような伝馬の表情を、しげしげと観察する。 「俺も素直で正直で単純明快な後輩は好きだ。からかいがいがある。可愛がってやりたい」  はあ、と伝馬はクソ真面目に困る。展開の急変に次ぐ急変に、頭も心も追いついていけない。

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