97 / 114

幕間 想う

 一成は日本史の授業を受けながら、ちらっと窓に目をやった。金色に染まったイチョウの葉がふわりふわりと舞っている。校庭の片隅に大きなイチョウの木があるので、その葉っぱが風にさらわれてきたのだろう。秋の木枯らし。でもそんなに風は強かったかな、と首をかしげた。 「それでは、今私が説明した箇所を、もう一度教科書で確認してください」  日本史の教師である寧々子が黒板を背にして、ゆったりとした口調で生徒たちに伝える。黒板には言葉遣い同様に、丁寧な文字が(つづ)られてある。  もの静かな教室には、蛍光灯の照明が窓から射し込む午前の明るさと混ざり合って、ページをめくる音だけがよく響く。一成も教科書のページを開いて、寧々子が説明した項目を目で読んでいく。入学したての頃は苦手だった日本史だが、今ではすっかり一成の得意科目になっていた。  ――先生の教え方がうまいから。  文章を追いながらも、頭には違うことが浮かんでいる。一成の苦手意識が克服されたのは寧々子の教え方も良かったが、二学年の日本史教師が私的に教えてくれたのが大きかった。  ――深水先生はすごくわかりやすい。  一成は記憶を辿って無意識に表情がゆるむ。自分が日本史の勉強をしていてわからないことがあると、榮はまるで家庭教師のように教えてくれた。君は生まれたての赤ん坊のようだと、榮からいつもの調子で日本史の知識のなさをからかわれながら。  ――せめて小学生くらいには成長したい。  一成は意気込む。日本史を覚えて、榮をびっくりさせたい。  ――いつもからかわれてばかりだし。  余裕あふれる榮の笑顔が瞼に貼りついていて、一成の頬がほんのりと熱量を持つ。  榮に教えられ始めてから、日本史が面白くなってきた。ただの記号だった人物や出来事が、鮮やかな色彩を帯びて自分の目の前に出現したという感じ。  ――まるで長編小説を読んでいるみたいだ。  友人の七生ほど本好きではないが、そう感じるくらいに歴史が好きになってきたのだと、一成は自分の変化に驚きを隠せない。  ――これも深水先生が教えてくれたからだ。  ふいに耳が熱くなる。耳元で囁いてくる榮の息遣いが甦って、思わずこぼれ落ちそうになった声をすんでの所で呑み込んだ。  ――なんか……いいな。  榮と二人きりの勉強時間。耳に心地よい声。ユーモアたっぷりの言葉遣い。からかいを含んだ優しい眼差し。穏やかに見守ってくれる表情。勉強ってこんなに楽しいんだと、初めて心が湧きたった。  ――教師かあ……  一成は教科書のページをめくり、ふっと気持ちが乱れる。先生と同じ教師になれば……  ……ずっと一緒に居られるのかな――

ともだちにシェアしよう!