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第九話②
「俺たちの高校生活も、すごく良かったな」
順慶は懐かしそうに忍び笑いする。冴人と出会った吾妻学園での三年間は、自分の人生を決定づけた。冴人をどういうわけか好きになり、初キス&初体験の相手が男の冴人という、まるでどこかの学園小説を地で行くように人生が転がっていった。最終的に冴人と生涯一緒にいようと、教師になった。
――冴人の魅力に負けたんだな。
誰もいなくなった空っぽな教室で、窓から射し込む夕暮れの影にまぎれて冴人とキスをした。あの時の胸のドキドキは今でも忘れられない。ついでに宿題を取りにわざわざ家から戻ってきた親友の福朗 が、ドンピシャでキスをしている順慶と冴人を目撃してしまい、まるでオカルト現象にでも遭遇したかのように、ギャーと悲鳴を上げたのは、まあまあビックリさせちゃったかなと。その後、顔面蒼白になるほど冴人に凄まれ、泡を吹いてぶっ倒れそうになる福朗の背中を一生懸命支えたのは、順慶にとって苦笑いしたくなる青春の一ページである。ただ、現在その福朗が学園の校長をやっているのは、おそらくこの件で冴人に首根っこを掴まれてしまったんだろうなと、順慶は何とも言えない気持ちになるのだった。
「そうだ。私たちの三年間は唯一無二だった」
冴人は大仰な言葉のわりには、特に感慨もなく頷く。
「この学園に入学してくる生徒たちにも、唯一無二の学園生活を送って欲しい。十代の高校生活に二度はないのだからな。それでだ」
と、首を回し、三白眼の眦をグンとつり上げる。
「一成の話はどうなっているのだ。あれから何も報告がこないが……怠 けているのか、順慶」
自分の髪に顔を突っ込んでいる順慶に、ぴしゃりと喰らわせる。
喰らった順慶は、冴人にわからないように肩をすくめた。二人っきりのベッドの上で愉しく過ごせているのに、何が悲しくて一成の話をしなければならないのか。しかし順慶の優先順位のトップは冴人なので、しぶしぶ顔を上げて、理事長へご報告した。
「何も話すことはないぞ。まったく、微塵もない」
一成が生徒とイケない仲になるわけがない。逐一見張ってなくとも、順慶は一成を信頼している。
「本当だな、順慶。嘘偽りはないな」
順慶と違って実の甥に冷たい冴人は、くどいくらいに念を押す。
「本当だ。俺はいつだって、お前に嘘はつかない」
と、口にしつつ、一回くらいはあったかなと、首をかしげる。まあ誤差の範囲だと数学教師らしい結論で終わった。
「そうか。引き続き気をゆるめずに見張れ、以上だ」
冴人は上官のように命じると、猫のような仕草で身体の向きを変えた。順慶と向かい合い、白く端整な顔立ちを子供のようにムスッとさせると、高慢な動きで手の甲を突き出す。順慶は仕方ないなあと頬で笑い、冴人の手を大事そうに握って、その手の甲に熱いキスをした。
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