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第九話③

 ――また()ねるんだな。  順慶は恭しく手を離す。ちらっと上目遣いに見れば、冴人の目がいかにも怒っていますというように据わっていて、プンスカしているのが一目瞭然である。自分が一成の肩を持っているように見えるのが、大変に気に喰わないのだろう。  ――俺はいつだってお前が一番なのに。  順慶はどこか甘酸っぱい表情になる。まあ、拗ねられるのも悪くはないかと、口角をあげてニヤッとした。 「笑うとは何事だ、順慶」  冴人は優雅な眉を逆八の字にする。 「いや、冴人が可愛いから」  順慶はぬけぬけとノロケて、ますます逆八の字が炎上しそうになったところに、ひょいと話を振った。 「体育祭で思い出した。深水先生は何時頃来るんだ?」  聞こうと思っていたことだった。  すると冴人は逆八の字だった眉をすーっと戻して、新たな戦闘態勢に入る。 「お前が聞いてどうするのだ」  まるで尋問口調である。どこまで拗ねるんだと、順慶は口元をやわらげて、やれやれと首の付け根を手で撫でた。 「俺は正直、彼がこの学園の体育祭を訪問する理由がわからないんだ、小説の取材と言っていたが、彼は馬鹿じゃないだろう?」 「私に嘘をついたと言いたいのか」  冴人の怒りモードだった顔つきが、やにわに沈静化する。 「そうだ」  冴人の様子を見ながら、少しは疑っているんだなと感じた。 「今さらと言っては悪いが。突然どうしたのかと不思議に感じたんだ。他に理由があるのかと思ってな」  自分の不信感を素直に口にする。一成が動揺した姿も脳裏をよぎった。 「特におかしい理由ではない」  冴人は平常に戻っている。 「深水君は、我が学園の教師をしていた。体育祭を見学したいのなら、気が済むまですればいいだけの話だ」 「体育祭が目的なのか、本当に」 「それ以外に何があるのだ、順慶」  冴人は鋭く順慶を見る。 「正直、わからん。だから、ちゃんと予定を聞いておこうと思うんだ。予期せぬ事態に直面しても、冷静に対処できるようにな」 「深水君の案内役は手配している」  冴人は順慶の真意を探り出そうというように、男らしい目を覗き込む。 「一成にさせるつもりだ」 「……」  順慶は息が詰まったように押し黙った。どうしようかと考えて、自分を見つめる冴人の鷹のような視線が厳しくなった。 「お前は、私に嘘をつかないと先ほど言ったな」 「……そうだ」 「では、答えてもらおうか、私に隠していることを。どうやら一成が関係しているようだな」  声が鞭のように空気を叩く。  順慶は口元を引き締めて、抱いていた相手を慎重に(うかが)った。先ほどまでとは打って変わって容赦のない冴人には、各段に細心の注意を払って接しなくてはならないことを、長年の経験で知っている。  さて、と素早く頭の中で何を言うべきかめぐらせた。

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