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第九話④
「どうして、黙っていたんですか」
一成は榮の家を訪れるなり、前置きもなく切り出した。
「俺に話せないことなんですか」
キッチンカウンターでティーカップを手にしている榮へ、強い調子で詰め寄る。
時間は夜九時をまわっている。一成は残業して学園での様々な業務を終えたあと、榮の家へ直行した。身体は疲れていたが、榮に連絡をすると、来てもいいと返事があったので、愛車を飛ばしてきたのだ。
榮は白磁のティーカップの丸いハンドルを指で持ち、カウンターキッチンの柱に肩をよせて一成を見つめている。まるで招かねざる侵入者を前にしているように、冷ややかな目だ。
「一成、私と会話をしたいのなら、私にわかるように話しなさい」
だが、一成はひるまなかった。
「話を逸らさないで下さい。どうして、学園の体育祭に来ることを隠していたんですか」
数日前に順慶から話を聞いた一成は、居ても立ってもいられずに、すぐさま榮に確かめようとした。しかし榮は忙しいようで、すぐには会えなかった。ニ、三日後にと言われたので、疲れた身体を引きずって来たのだ。
――喧嘩腰は駄目だ。
愛車のアクセルを踏みながら、落ち着けと自分に言い聞かせたが、我慢していた分こらえきれなかった。
――まるでガキだな。
一成は自虐 的に鼻で笑ったが、態度を改める気持ちにはならない。
榮は柱に肩を寄せたまま黙っている。その表情はひどく鬱陶しげだ。
「君の話は」
声まで素っ気ない。
「私が今、紅茶を飲むことよりも重要なのか?」
「そうです」
一成は榮のペースに飲まれないように、心持ち身を引く。
「俺は、学園の教師をしていますから。貴方もご存じのように」
「君の皮肉は率直だな」
榮は軽くいなすように言う。
「ええ、それが俺の性分です」
一成も引かない。
「だからこそ、教師の俺に一言も話してくれなかったことに、違和感を持ったんです。何が目的ですか」
低空飛行をし続けて着地点が見つからないような榮との押し問答には、正直苛立っていた。高校生だったら、謎解きゲームを解くような熱心さで「答え」を見つけ出そうとしただろうが、もう高校生ではない。一成は小さくため息をついた。
「目的は、学園の体育祭を見学することだ」
榮はティーカップを持ったまま、面倒な用事を片づけるように告げる。
「君に話さなかった理由は、話すべき理由がなかったからだ。これで納得したか、一成」
聞いた瞬間、一成は頬が熱くなった。今まで頭の片隅にそっと置いていた不信感が、ぞわぞわと這い出てくる。だが成長して得た自制心で、いつもどおりの表情を保った。
「わかりました」
榮は言葉で相手を挑発する。一成も榮にならって言い返した。
「納得はしませんが、貴方が素直に話さないのはわかっていたので、納得するように自分に言い聞かせます」
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