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第九話⑧

「うっせーよ。俺の心配より、自分のこと考えてろよ。彼女に振られたのは、その声のデカさだからな。まじで騒音レベルだぞ。なんとかしねーと、新しい彼女ができても、また振られるぞ」  麻樹はひとさし指を振りながら、宇佐美にまくしたてる。その内容は文句の(たぐい)だが、言葉の端々(はしばし)から滲み出るのは無二の親友なりのお節介ぶりだ。 「うむ!! 上戸の言うとおりだ!! (かぶと)の緒を締めんとな!!!」  と、宇佐美はゴジラのように吠えると、両腕をがっちりと組んで白い歯を見せる。 「……お前、また振られるからな、絶対」  人の話を聞かねーしと、麻樹は片手で耳元を塞ぎ、宇佐美のデカ声を喰らいながらも健気に二人の先輩のやりとりに付き合っている伝馬を、ちょっと可哀想な目でチラ見する。 「俺は部活に行くけど、桐枝も一緒に行くか?」  伝馬は言葉に釣られるように麻樹へ視線を向ける。麻樹はなぜか真顔になっていて、話が長引きそうな気配を察して伝馬を誘ってくれたのは空気でわかったが、少し考えて、伝えた。 「蘭堂先輩との話が終わったら、部活に行きます。すみません」 「わかった。全然気にしなくていいから」  麻樹は何でもないことのように道着を抱え直し、くるっと制服姿の宇佐美を向く。 「お前は部活行かねーの?」 「今日は帰らねばならん!! なぜなら!!」 「あ、わかった。もうわかった。じゃあ、早く帰れよ。桐枝は部活があるからな」  早口で返し、じゃあなと片手を振って急ぎ足で立ち去る。伝馬は今何時だろうと、そっと首を伸ばして、すぐそばの教室の空いたドアから時計を見る。窓の外は明るいが、思ったより時間が過ぎている。  早く上戸先輩の後を追った方がいいかなと、宇佐美を振り返って――固まった。  宇佐美は両腕を組んだ姿勢のまま、微動だにしないで麻樹が消えた廊下の先を抑揚(よくよう)なく見つめていた。  男らしい顔つきは硬く、精悍な口元は真一文字に結ばれ、何か遠いものを見るような暗い眼差しだった。  伝馬は無言で口を閉じて、首が折れ曲がるほどに俯く――蘭堂先輩がこんな表情をするなんて――自分が目にしていいものなのか。宇佐美に失礼な気がした。 「桐枝」  そんな伝馬の胸の内を読んだかのように、ぴしゃりと声が上がる。 「顔をあげろ。お前が気にすることではない」  その言葉に背中を押されるように、伝馬は姿勢を真っ直ぐにして見上げる。宇佐美は苦い薬を味わったかのような小さな笑みを浮かべていた。 「仕方がないことだ。俺には、上戸の気持ちが一番大切なんだ」  前にも聞いたと、伝馬はしゅんとなった。

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