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第九話⑨

「上戸にも俺のように想って欲しいと思う。だが、今の関係を壊したくもない」 「……無二の親友、ですか?」 「そうだ。上戸と肩を並べられるおまじないだ」  宇佐美の大きな目がくるりと笑う。 「そのおなじないを唱えていれば、上戸も俺をうるさく思いながらも、変に感じはしないだろう」  あ、そういうことかと伝馬はやっとで腑に落ちた。二言目には連呼しているなあとは思っていたが、そんな切ない理由だったとは。  ――蘭堂先輩って、健気なんだ……  というか、宇佐美らしい健気さだなとかなんとか。――上戸先輩がどう感じているかはわからないけれど――と、伝馬は、あっと口を開けた。ある疑問の答え合わせが頭の上から降ってきた。 「蘭堂先輩、もしかして」 「なんだ」  宇佐美は面白そうに表情を転がす。  伝馬は初めて目撃した麻樹と宇佐美のやり取りを思い出しながら、ちょっとわけがわからなかった部分を思い切って口に出した。 「彼女ができたとか、彼女に振られたとか、あれ、全部嘘ですよね」  すると宇佐美はあっさりと肯定した。 「そうだ。だが生憎、上戸は何とも思わないらしい。残念だ」  うーんと腕を組みながら、両目を閉じる。どうすればよいのか、皆目見当がつかないと言いたげだ。  伝馬も別の意味でうーんとなった。麻樹に動揺して欲しくて彼女云々の話をしていたということに、まずクエスチョンマークがつく。麻樹が何も感じていないのは、先程の言動からも明らかだ。  ーー蘭堂先輩は、とにかく自分を振り向いて欲しいんだ。  だから嘘を言いまくっているが、肝心の麻樹には気持ちが届いていない。健気だなあとしみじみする半面、はたと自分のことを考えた。  ――俺も先輩のこと言えないけれど。  でもでも。伝馬は閃いたというように顔を輝かせる。むちゃくちゃかもしれないが、自分に彼女ができたと先生に言えば、もしかして、もしかしてな展開になるかな。 「ならん!! やめておけ!!」  宇佐美にびっくりマーク二重付きで全否定されて、期待は沼に沈んだ。 「俺も大概(たいがい)だが、桐枝はまた立場が違う相手だ。変な行動はよせ」 「ーーそうですね」 「()ねるな」  宇佐美は組んでいた腕を外し、伝馬の右肩にがっつりと手を置く。 「桐枝のよいところは、真っ直ぐなことだ」  伝馬は右肩に宇佐美の熱を感じながら、真剣な声に聞き入る。 「真っ直ぐに行け。いいか、真っ直ぐだ」  忘れるなと言い添えた宇佐美の目は、思わず後ずさりしそうなほどの迫力があった。  ――わかりました、蘭堂先輩。  静かな教室で、クラスメイトが教科書の小説を朗読している中、伝馬は(きも)(めい)じる。あの後、宇佐美は体育祭での文武両道会の一学年で優勝するよう激を飛ばした。

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