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第九話➉

 ――圭と同じことを言っていたな。  優勝して、一成に印象づける。  自分という存在を、強くアピールする。  よし、と伝馬はやる気がみなぎってきて、授業に集中する。文武両道会の文の競技は、なんと中間考査の点数で勝敗が決まるという。頑張って満点を取れば、それだけ優勝に一歩でも二歩でも近づくことができる。 「ここ、テストに出るから。復習しといて」  国語教師が全員に優しく伝えてくれた箇所を白い罫線(けいせん)ノートに書き込みながら、伝馬の中である想いに火がつく。  ――真っ直ぐに。  黒いシャープペンをグッと握って、グググっと書いていく。芯が折れないよう気をつけるが、ノートの字面(じづら)は刻み込まれたかのように筆圧が強い。  ――馬鹿みたいに悩んでいるのは俺らしくない。  最初からそうすればよかったと思う。だって自分は猪突猛進なんだから。って、圭も言っていたし。  ――先生にお願いしに行こう。  俺を励まして下さいって。  伝馬の眼差しが熱くなった。  ようやくテスト問題を作り終えて、一成はくたびれた椅子の上で両腕を伸ばした。予想外に時間がかかった。色々とやることは多いが、中間考査の問題作成は最優先事項だ。一成も他の業務を後回しにして集中していたが、出来上がるのがいつもより遅くなってしまった。  ――俺の気持ちの問題だな。  椅子から立ち上がり、一人相談室の窓の前に(たたず)み、疲れた肩を動かす。骨が雄叫びを上げているように鳴って、深いため息をついた。  ――駄目だな、本当に……  集中力が欠けているというか、雑念に捕らわれているというか。  ほんの拳一つ分だけ窓を横に開けた。春の心地よい風が顔に当たったが、微妙になまぬるい。今年も暑すぎる夏がやってきそうだ。  ーー体育祭は例年通り、室内だな。  ここ数年、熱中症対策として冷房の効いた体育館で全競技が行なわれている。もちろん、副島理事長命令だ。尊大極まりない冴人だが、根性論という単語は人生に存在しないので、夏の暑さが厳しくなると、即決で冷房のある体育館での開催に変更させた。  ーー叔父貴のいいところだな。  甥の自分には冷たいがと、一成はチベスナ顔になる。叔父に嫌われていても、別に人生に支障はない。母親と結婚した父親への怒りの矛先が自分へも向けられているだけだ――大人になって一成も理解した。つまり、八つ当たりである。  ――どうしてあんなにシスコンなんだ?  理解しがたいように頭を振る。冴人から「お姉様」と呼ばれている母親は、子供である一成から見ても、どうすれば「お姉様」になるのか皆目わからない。いや、詐欺だろうとツッコミ満載のレベルである。しかしわざわざそれを冴人に言うのもアホらしい。叔父貴にとっては「大切なお姉様」ならそれで幸せなのだろうと、一成は大人の事情で達観(たっかん)している。 「……ったく」  そんな冴人から呼び出しを喰らったのは、数日前である。

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