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第九話⑪
「今度の体育祭に深水君が来る。お前が接待するように」
忙しい最中、無理やり呼びつけられてーーしかも理事長のお呼び出しを伝えたのが古矢で「あとは僕に任せて! さあ行くんだ一成! 応援しているよ! グッドラーック!!」とエアメガホンでちょーちょーうるさいくらいに叫ばれたせいで――怒りも疲れもなぎ倒された一成は、もはやどうでもいいわという境地に達していたので、冴人に言われてもすぐにはピンとこなかった。
「ーー接待?」
やや待って、咀嚼 するように呟く。
「そうだ」
冴人はマホガニーの椅子の上で優雅に足を組み、顎を上げる。
「深水君をもてなすように。失礼のないようにな」
一成は言葉の意味を理解しようとするように黙って、両目を伏せる。
「深水先生、ですか」
「それは誰かという問いかけか、一成」
冴人は冷ややかに続ける。
「私が知っている深水君は、この学園で教師をしていた彼だけだ」
回りくどい言い方をしながらも、口調は鋭い。
「この学園の体育祭をモデルにして、小説を書きたいそうだ。わかったな、一成」
「ーーわかりました」
一成は内心くそっと悪態をついた。どうしてこういうことになるんだ――しかし理事長の前ではおくびにも出さずに、粛々 と退室した。
――叔父貴の嫌がらせだな。
風を吸って肺に流し込み、精神を落ち着かせる。
――だが、俺と先生の関係を知っているとは思えない。
冴人が「深水君」と口にしたのが気になった。別におかしな呼び方ではないが、いやに神経がざわついた。
――個人的な付き合いでもあったのか……
いや。一成は頭 を振る。そんなわけがない。あの叔父貴と深水先生が、学園での関係性を越えた交流をしていたとは到底思えない。
――深水先生を日本史教師として採用したのは叔父貴だが……
吾妻学園は私立高校である。公立高校とは異なり、教師採用に関しては学園側の裁量に委 ねられる。その権限を持つのは理事長だ。
今さらだが、一成はなぜ冴人が榮を教師として採用したのか気になった。高校生の頃は考えたこともなかったが、今回榮の要望を受け入れた理由が知りたくなった。冴人の性格からして、学園の宣伝などの類 とは考えにくい。
――どうせ教えてはくれないだろうが。
一成は風に向かって大きく新呼吸をした。頭がスッキリする。
――考え過ぎだ。
自分が接待役を命じられたから気になったのだ。一成は勢いよく窓を閉めた。
机に戻ろうと振り返った時、相談室のドアがいきなり開いた。
「先生!」
伝馬だった。
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