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第九話⑫

「失礼します!」  まるで大変なことでも起きたかのようにドアを閉めて、息を弾ませて一成の前までやってきた。 「どうした」  伝馬のただならぬ様子に、一成は表情を険しくする。今日の授業はすでに終了し、放課後である。部活動があるはずだが、伝馬は制服姿のままだ。何かあったのかと、嫌な予感が頭をよぎる。誰かが怪我をしたのか、それとも――  伝馬は少し息を吸い込み、心配げな一成を数秒間食い入るように見つめた。そして意を決したように、きっちりと結ばれた口元を開けた。 「先生、お願いがあります」  その強い言い方に、一成は若干身を引く。自分に向けられた眼差しの激しさと(あい)まって、別方向の嫌な予感がむくむくと立ち(のぼ)ってきた。 「何だ」  無意識に胸元のネクタイを軽く締め直す。  伝馬は一瞬迷うように視線が揺れたが、あくまで一瞬だった。 「今度の体育祭の文武両道会に、クラス代表で出る俺に、激励の言葉を下さい!」  一気に叫んだ。  あっと、一成は顔色を変える。途端に思い出した。  ーー藤島に言われていた。  しまったと、口の中で唸る。随分前に、伝馬を励まして欲しいと頼まれて|快諾《かいだく》した。何かの折にでも話そうと思いながら、色々あって記憶の底に|埋没《まいぼつ》してしまった。  ーー深水先生のことで、頭がいっぱいだったからな……  一成は申し訳ない思いで伝馬に向き合う。伝馬はいつも以上に目力が強力で、頬も強張っている。緊張しているのが、手に取るようにわかる。  ーー藤島から聞いていたんだな、きっと。  聞いていたどころか、今か今かと待っていたのだが、一成はそこまで想像が及ばない。しかし伝馬から溢れ出る熱量が凄くて、思わず後ずさりしそうになるくらいである。相談室までやって来て自分に申し出たということは、つまり、それだけ期待していたということだ。 「悪かったな、桐枝」  一成はまず詫びた。 「藤島に頼まれていたんだ。桐枝が緊張しているから、励ましてやって欲しいと」  伝馬は肩から力が抜けたように、少しだけ頬が和らぐ。ああやっぱり聞いていたのかと視界におさめて、一成は考えながら言葉を続ける。 「遅くなったが、桐枝、クラス代表になっても、まずは自分のために頑張れ」  伝馬の顔を見つめながら、温かく声掛けをする。 「自分のために頑張れば、それは結果的にクラスのためになる。自分に集中しろ。そうすれば、成果はどうであろうと、自分の中で大きな自信になる。それが成長の糧になる」  すっと腕を伸ばして、伝馬の肩に手を置く。 「自分が後悔しないくらいに頑張れ。桐枝ならやれる」  勇気づけるように、指先でポンポンと肩を叩く。 「頑張れ。まずは中間テストからだな」  そう結んで、口元をほころばせた。

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