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episode2 素直になれないけど、気持ちよくて
ヤキモチを妬いてくれてるんだろうか……。胸がドキドキしてきたから思わず俯いた。頬も火照ってきたし、こんな顔を日下部に見られたくない。
「瀧澤先生、形成外科の清水先生が探してましたよ」
「あー、はいはい。了解しました」
ヒラヒラと手を振りながら歩き出した瀧澤が、振り返って俺達と向かい合った。
なんだ……と身構えたが、どうも用があるのは俺ではなく日下部のようだ。
「そいつと付き合ったら苦労するぞ?なんて言ってもワガママな姫だからな」
「そんなことは、言われなくてもわかりきってます」
「まぁ、見た目と抱き心地は最高だけどな」
「ちょ、ちょっと待てよ!瀧澤何言ってるん……う"っ!」
日下部と瀧澤のやり取りに口を挟もうとすれば、日下部に手で口を塞がれてしまう。
俺は日下部に抱かれたまま、余計なことを言い出した瀧澤を睨みつけることしかできない。
「苦労するなんて百も承知です。でも惚れてしまったものはしょうがないでしょう……」
「ふふっ。お前も苦労するな」
「お互い様です」
俺を抱えたまま大きな溜息をつく日下部の肩を叩いてから、瀧澤は形成科病棟へと消えて行った。
「ほら、先生帰りましょ?これから入院受けなきゃだから忙しいんです」
そう言いながら日下部が歩き始めたから、俺は咄嗟に日下部のスクラブを掴んだ。
「ん?なんですか?」
「あの、えっとさ……」
「だから忙しいんですよ、俺は」
俺の手を掴むとスタスタと歩き出す日下部の手を勢いよく振り払う。そんな俺にびっくりしたように目を見開いた日下部に、正面から抱き着いた。
「先生、離れてください。俺は忙しいんです」
「だってお前、何か怒ってるだろ!」
「怒るに決まってるでしょ?好きな人の元彼から、あなたの抱き心地の具合を聞いたんだから。今、腸 が煮えくり返ってます」
「日下部……」
こんなにこいつが怒るなんて珍しいなって思う。
誰にでも穏やかに接しているし、声を荒らげることもない。年下のくせに、本当にできた男なんだ。
「ならキスしていいよ。特別にキスさせてやるよ」
「はぁ?何度告白しても付き合ってくれないくせに、なんでキスはさせてくれるんですか?」
「いいじゃん、キスくらい減るもんじゃねぇし」
「嫌です。俺はそういうことは恋人とした……んッ……ちょ、待って……」
なかなかキスしてこない日下部にイライラして、悔しいけど少しだけ背伸びをしてその唇を奪ってしまう。
こんなに背が高くてデカい図体の割に、柔らかくて甘い唇の感触に、毎回胸がドキドキする。
「日下部、口開けよ」
もっともっと深いキスがしたくて耳打ちすれば、大人しく口を開けて舌を差し出してくる。俺は夢中でその舌に、自分の舌を絡めた。
クチュクチュッという水音に頭がボーッとしてきて、崩れ落ちそうになる体を日下部がギュッと抱き寄せてくれる。
プルルルルッ。
その瞬間、日下部の胸ポケットに押し込まれていたPHSが着信を知らせる。
「やべっ、病棟からだ。じゃあ先生、手術お疲れ様でした」
「あ、うん。またな……あ、日下部!」
「はい?」
慌てて走り出す日下部を、俺は無意識に呼び止めてしまった。
「あのさ、また気が向いたらキス……させてやるよ」
「だから、俺は恋人以外とはそんなことしません!」
ムキになって言い返してくる日下部の姿が見えなくなるまで見送って……俺は口元を抑えてその場にうずくまった。
「ヤバい……あいつとのキス、超気持ちいい……」
顔が熱くて、心臓がうるさいくらいドキドキ鳴り響く。
嬉しくて幸せで叫びたくなるのを必死に堪える。
「心臓……うるせぇよ……」
涙で目の前が滲んだから、慌てて手の甲で涙を拭った。
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