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第17話『甘い香り』
(ヒート? なんだ、ヒートって)
サキがアプリの詳細を開こうとしたとき、
「サキ。お菓子の賞味期限がきてる。早く食べた方がいいよ」
冷蔵庫を開けていたレイに声を掛けられ、気が逸れた。サキは、うう、と呻きながら、ローテーブルに片頬をつけた。
「……レイ、食べていいよ」
「サキが買ってきたやつでしょ。自分で食べなよ」
レイに押しつけようとしたがダメだった。スイーツは元の魂の好物だ。しかし、サキの好物ではない。
のそのそとキッチンに行き、コーヒーを作っているレイの後ろを通って冷蔵庫を開けた。『サキ』とマジックで殴り書きされたスイーツを取り出す。
ダイニングテーブルの椅子をひき、重苦しい顔で四つのスイーツと向き合った。最初は食べやすそうなプリンを開けるが、生クリームがたっぷりと乗っている。
スプーンで四分の一をすくい、口に入れた。
(うげ……あまい……)
眉間に皺を寄せ、二口目を食べる。苦行だった。
「甘いもの食べてるのに、なんでそんな苦そうな顔してんの」
レイがおかしそうに肩を揺らしながら、コーヒーの入ったマグカップを置いてくれた。
「味覚が変わったんだよ」
淹れてくれたコーヒーはブラックだ。激甘ミルクコーヒーはもうこりごりだ。レイは向かいの椅子に座った。
「一個食べてあげようか」
「全部食べていいよ」
「一個でいい」
レイは、スフレ、エクレア、フォンダンショコラを見比べ、ショコラを手にした。
一番甘ったるいやつだ。あえて選んでくれたのかわからないが、もしそうなら、さりげなく優しいと思う。サキは三口目のプリンを口にしながら、ショコラにフォークを差すレイを盗み見た。
額で真ん中分けしている髪が目にかかってうっとうしそうではあるが、背も高くて顔も良い。性格も優しいとなれば、彼氏にするには文句なしだ。
(……なんで別れたんだろうな)
サキは元の魂のことを頭の片隅に浮かべながら、キレのあるコーヒーを啜った。
刹那。
ふわっと、コーヒーの香りに混じって、芳しい香りがした。この匂いには覚えがある。
昨日、レイが近寄ったときに嗅いだ匂いだ。あのときはシャンプーの香りかと思ったが、いまのレイは風呂上りではない。香水でもつけているのだろうか。
微かに香ったその匂いは、甘く感じたのに、不思議と良い匂いだと思った。
結局、レイはエクレアも食べてくれた。コーヒーを飲んでいると、のんびりし過ぎたのか、
「わ、もう行かないと!」と、慌ただしくバイトに出て行った。
後ろ姿を見送ったサキは、くすりと笑った。
(すっげかっこいいのに、なんか可愛いよな)
と、思ったときだった。突如、ずくっと身体が疼いた。
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