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第21話『第二性』

リビングに行くとレイは考え事をするかのように、ソファーに座って顎に手を当てていた。 サキはローテーブルを挟んで、レイの前で正座した。叱られることがわかっている子供のようにうつむくと、レイが微かに笑った気がした。 「落ち着いた?」 顔を上げると、優しく微笑む顔があった。サキの胸が、とく、と鳴った。 レイは両手の指を組んで、神妙に言った。 「第二性のこと言ってなくてごめん」 ふるふる、とサキは首をふった。レイの様子から言わなかったわけではないことぐらい、察しがついた。 「知っていて当然のことなんだろ」 サキが言うと、レイはうなずきはしなかったが、その目がそうだと語っていた。 「男女の違いはわかるよね」 「うん」 「けど第二性のことは覚えてなかった」 「……うん」 サキが答えると、レイは噛み砕くように教えてくれた。 この世界の人間は男女の性別を第一性といい、さらにそこから三つの性別に分かれる第二性というのがあるらしい。 それぞれアルファ性、ベータ性、オメガ性といわれる。第二性の特徴として、ベータは普通の男女と変わらない。 特殊なのはアルファとオメガで、彼らには発情という性衝動があるそうだ。 レイはアルファで、サキはオメガらしい。 サキの身体が性衝動に駆られたのは、オメガには極当然の生理現象だという。月に一度ヒートと呼ばれる性衝動があると聞いたとき、ハッと気づいた。 携帯に通知が来ていた、『ヒート予定日』とはこのことだったのだ。 アルファとオメガは独特な香り、いわゆるフェロモンを出していて、お互いを欲情させる間柄らしい。 アルファを強制的に欲情させ、オメガ自身も性衝動に苦しむヒートを抑える薬はあるという。あとで探しておこう、とサキは思った。 ヒートを起こしたオメガの対処法というのも聞いた。その場で治めるためには、アルファの精液を胎の中に取り込めばいいらしい。 身も蓋もない言い方をすれば、アルファとセックスして中出しされるということだ。 そのことを話すレイの顔には何の感情も読み取れなかった。彼の言うことが嘘ではないことは身をもって体験した。 レイの話はまだ続いた。 とりわけ驚いたのは、発情したオメガとオメガのフェロモンで発情したアルファが性交すれば、子供ができるということだった。サキは男も妊娠するという事実に衝撃を受けた。   淡々とした声でレイは言った。 「いちばん気をつけなきゃならないのが、アルファにうなじを噛まれること。噛まれたら番になってしまう」 サキが首を傾げると、レイは、 「番になれば、そのオメガは噛んだアルファにしか欲情しなくなる」 と言った。 「結婚みたいなもん?」 サキが訊くと、そんな軽いものじゃない、とレイは険しい表情を浮かべた。 「結婚ならまだいいよ。離婚もできるし、当人同士の意志があるんだから。 けど番はちがう。本人の意志なんて関係なく、オメガを強制的に縛るんだ」 サキは眉を寄せた。いまいち理解できていなかった。きょとんとしたからか、レイはサキを見据えた。 「番になってしまったら、その相手と番の解消はできない。さっきも言ったけど、相手のオメガは死ぬまで噛んだアルファにしか欲情しなくなるんだよ」 レイは諭すようにサキの目を見た。 「好き合ってる人同士ならいい。けど、オメガの発情フェロモンは、おれたちアルファを狂わせる。理性が飛ぶから衝動でオメガを噛むことだってあるんだ。ヒートを起こしたオメガの近くにいたアルファに襲われて、見知らぬ人同士が番になったなんてことも実際ある」 サキは唾を飲んだ。 「相手のオメガに好きな人がいたら最悪だ。いくら相手のことが好きでも、その人には欲情しなくなる。性の対象にはならないんだ。強制的に番にされたオメガは強姦した相手にしか欲情しなくなるってことだ。しかもヒートは毎月来るから、生涯そいつに抱かれ続ける」 レイはそこで顔を歪めた。 「そんなつらいことってないでしょ」 視線を床に落としたレイは、まるで心当たりでもあるかのようだった。サキはその話を聞いて、ふと思った。 「けど、それはアルファも同じなんじゃないのか? 意に添わず番にしてしまったわけだから、好きでもないオメガを抱くことになるんだろ?」 アルファを擁護するような発言をすると、レイは鋭い目を向けてきた。 「アルファは違う。番がいても誰とでも性交できる。オメガのように生涯一人だけってわけじゃない」 え、とサキは声を上げた。 「それって、ずるくないか」 「そうだよ。でもそういう身体なんだ。アルファの中には番がいながら、他の人と結婚してオメガを愛人にしてる奴もいるって聞く」 サキはあんぐりと口を開けた。レイは再び指を組んで、真剣な顔をした。 「いい? サキ。これからはちゃんと抑制剤を飲むこと。今日はたまたま家にいたからよかったけど、外でヒートを起こしたら、取り返しのつかないことになることもある。薬飲むの忘れてましたじゃ、すまないんだからね」 「……はい」 サキがうなずくと、レイはひと息ついた。何気なくリビングの窓を見て、カーテンが開いていることに気づく。レイは暗い窓にカーテンを閉めた。

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